盟友の誕生(浮竹と京楽)

京楽家。特に武道の名門貴族だ。代々、強力な死神を排出してきたこの家の次男として春水は生まれた。
幼少の頃からその霊力と武芸に関する才能は群を抜いていた。
京楽家が開く道場の中で、子供とひと括りされる年齢では幼少の彼に敵うものは全くいなかった。
跡取りとして育てられていた長男よりも才があることは、最早誰の目にも明らかだった。

『何時からだったかねえ。本気を出さなくなったのは。
子供だったころは、自慢して木刀なんかを振り回してたけど、段々兄貴の様子がおかしくなってきた頃かなあ。
ある日、目を血走らせた兄貴が、ボクを誰にも見つからない所に呼び出して、「どっちが跡継ぎとしてふさわしいか勝負だ!」とか言って、真剣を持ち出してきた時があったっけ。
跡継ぎとして、兄貴が継ぐのは分かりきっていたことだと思ってたから、何を言っていっているのか、最初は分からなかったなあ。』

春水は、兄に勝った。しかも双方無傷で。
真剣を使っても傷を負わぬほど、二人の差は広かった。
しかし、それ以降春水は本気を出さなくなり、放蕩息子の道を辿ることとなる。

剣の道を追わず、代わりにより女の尻を追いかけまくるようになった春水に痺れを切らした彼の親が、学院に彼を放り込むように入学させるのは、それから暫く経った時だった。


十四郎は下級貴族の生まれだった。
浮竹家は大所帯。何人もの弟と妹を持つ。ゆえに台所事情はかなり厳しかった。
しかも、十四郎は幼少より肺病を患い、さらに家計を圧迫させた。しかし両親は貧しいながらも必死で彼を支えた。
病弱ながらも、飛びぬけた霊力を持つ十四郎は、幼少の時から死神になることを決めていた。死神になれば、多くの給料が手に入る。そうすれば、自分のために苦労した両親や多くの弟や妹たちを助けることが出来る。
しかし、学院に入れる健康状態になるまで、暫くの時を要した。

そして浮竹と京楽は学院で会うこととなる。

幼い頃より苦労をしていた、浮竹はその人間性は若くから非常に完成されたものだった。周りの者に常に気を使い、励ましの言葉を忘れない。
真面目で、優秀。優等生だが、人には優しく決して驕らない。そして面倒見がよい。自然に人が集まる。浮竹の周りは常に人がいた。

春水は学院に放り込まれても相変わらずだった。
全くやる気は感じられず、授業はサボり放題。しかし妙に要領がよく、成績は上位。しかし絶対に1番は取らない主義の男だった。
いや・・女の尻を追い掛け回す情熱だけは飛びぬけて、トップだった。
少し引けば、もてるはずの男だが、敢えてそれはしない。
常にすこし外す。最早その習性が春水の身に染み付いていた。

春水から見た浮竹は、ボランティア精神に富んだ奇特な人物として見ていた。
一方・・浮竹は・・本気を出さない春水を常に歯がゆく思っていた。

そして、事は起こった。
剣の授業の時だ。浮竹が相手に春水を指名したのだ。
二人が直接、対決するのは初めてだった。

浮竹が構えたときから只ならぬ気合を、春水は感じていた。
『こりゃ〜、ちょいとまずいことになりそうだねえ。』そう直感した春水は、「ま、気楽にやろうじゃないの。」と浮竹をけん制した。
しかし・・浮竹から返ってきた返答は、予想外のものだった。
「京楽・・・俺は本気で今から打ち込む。手を抜くと怪我をするぞ。嫌ならお前も本気で来い。」
そう言うと、本当に打ち込んできた。

速い!浮竹とは対戦したことは無いが、他の者と試合っているのを見たことはある。だが、これほど鋭い剣ではなかった。
『・・・!お前さんも、今まで本気を出してこなかったというわけですかい。・・・やってくれるじゃないの。』
春水は自分の心が高揚してくるのを感じた。
当然だ。それまで、同じくらいの年齢で対等な実力を持っていそうなものなどいなかったからだ。自然に剣を受けるだけだったのが、逆に浮竹に打ち込むようになっていた。
それからは夢中だった。夢中で剣を合わせていた。

「それまで!!」
指導教官の制止の合図で、ようやく二人は剣を止めた。
その時、ようやく今授業中だったことに気が付いた。他の生徒があっけに取られたように、周りを囲んでいる。それすら見えぬほど剣に没頭していたのだ。
「京楽、ありがとう。楽しかった。剣を振るうのがこれほど楽しかったのは久しぶりだ。」
出された浮竹の右手を半ば呆然としつつ握り返す。
・・やられた。まんまと乗せられたのだ。

浮竹と春水の激烈な試合振りは生徒の間で直ぐに知れ渡り、その日のうちに教師の耳にまで届くこととなる。

そして、浮竹はその夜高熱を出した。
体が弱いと知っていた春水は、それを聞いて浮竹の部屋へ見舞いに行った。
浮竹は横になり、頭には氷嚢を載せていた。熱はどうやらかなり高いようだ。

「浮竹。ごめんよ、つい夢中になってお前さんが体が弱いこと、忘れちまって・・・。」
申し訳なさそうに言う春水に、浮竹はにこりと答えた。
「いや、このくらいの熱はいつものことなんだ。お前のせいじゃないから気にしないでくれ。」
「だけど、ボクと試合ったからだろ?」
「それは違う。おれ自身のせいさ。・・・・なあ、京楽。聞いてくれるか?」
「何をだい?」

「お前、今まで本気で実力を出したことないだろう。」
いきなりズバリと言い当てられて、返答できなかった。
「俺もそうだ。この体のせいで本気で実力を出したことがなかった。何時も負担がかからないようにセーブする癖がついてしまったんだ。」
「しかしねえ。それは仕方が無いんじゃないの?」
「だがそれでは強くならない。俺はもっと強くなりたい。だが、一人では強くはなれない。そこで京楽。」
「なんだい?」

「もしお前が、他にライバルがいなくて実力を出さないと言うのなら、これからはお前の剣は俺が全て受け止める。だから、京楽。俺と一緒に強くなってくれないか。」
熱に侵されながらも、浮竹の目は真剣だった。

「剣を全て受け止める、ときましたか・・・。なかなか言ってくれるねえ。」
にやりと笑った、春水の心に最早迷いは無い。
「それじゃあ、いっちょ受け止めてもらいましょうか。」
それを聞いた浮竹の目が本当に嬉しそうに笑った。

春水が生まれて初めて、ライバルと言う名の盟友を得た瞬間だった。

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