味覚の極地(市丸ギン)

・・・「極み」・・「極限」・・・「ギリギリ」・・・「スレスレ」・・・「いっぱいいっぱい」・・。←だんだん表現が低レベルに(笑)。

このような表現を聞いて、無条件に反応してしまうという諸君もいるかと思う。
そして、この男もまたそう言った表現及びその極致が大好きであった。


・・その男・・市丸ギンという。


ギンは流魂街に送られたころから、極地とは仲良しだった。
卓越した霊力を持つギン。
無論、霊力があれば腹が減る。
腹は減れども、ギンに食事を与える者は居ない。皆自分の事だけで精いっぱいの厳しい環境だった。当時子供だったギンに手を差し伸べる者など誰も居なかったのである。

この時点ですでにギリギリだ。腹を空かせてさ迷う毎日であった。

ギンの居た流魂街にあっては、大人たちの見掛け上の好意は常に危険と隣り合わせだ。しかし、だからと言って常に警戒感丸出しの態度で世が渡れるわけでもない。
ギンもまた表面上は、人懐っこい態度を見せながら、胸の内では相手の腹の底を冷静に探る術を天性の才もあってか、直ぐに身につけることとなった。
無論感情を表す瞳は瞼の裏に隠すのも、その一つだったのである。

そんな処世術を身につけたギン。顔なじみになっていた老婆から、ある日珍しいものを貰った。
「なんやのん?これ。」
見た目はいかにもけったいな外見をしている。
なにかの干からびたものだ。どうやら何かの実を干したものらしいが・・。
「干し柿さ。」「干し柿?」「渋柿を干したものさ。」「ええ〜〜?あの渋柿〜〜?」
ギンの声色がイヤそうな色を帯びる。

ギンには文字通り苦い思い出があった。
秋、紅く熟れた柿を見つけ、嬉々としてかぶり付いたところ、実はそれは渋柿だったという、お定まりの苦い思い出だ。
あれ以来、知らない柿の木の実を食う時は気をつけるようになった。
無論、その記憶がギンの脳裏によみがえる。

「そんなん渋いやん。食べれるのん?」と聞いたところ、老婆はニヤリと笑って言った。
「それは食べてみてのお楽しみさ。ま、無理にとは言わないよ。イヤならあたしが食べるからねえ。」
そこでギンの腹は決まった。もともと好奇心は旺盛なほうだ。よしんば渋くても、死ぬわけじゃない。

「イヤやなあ、有り難く貰いますわ。ほな。」
思い切りかじりつく。思ったより歯ごたえがあり、そしてその先には・・未知の世界が広がっていた。
口に入る物ならなんでも旨いと思えるような過酷な環境だ。そこで初めて味わった甘味の極致は、驚きに普段閉じたギンの瞼を思わず上げさせるに十分だった。
この世にこんなものがあったのか。
しかも、今まで渋くて食べられなかったものがこのように変化するとは。

「これってどうやったら作れるん?ボクにも作れるかなァ。」
「さてねえ。あたしも作り方までは知らなくてねえ。」

それから、ギンは自分で干し柿作りに挑戦することとなった。
単に渋柿を干せば出来るだろうとはじめは思っていたのだが、思いのほか難しかった。柿の採り入れる時期、干し方。
何度も失敗した。おまけに人里近くで干せば、無論のこと盗まれてしまう。

そんな失敗の果て、ようやく成功に取り付け、出来あがった干し柿の最初の一つを口にした時の喜びを、ギンは生涯忘れる事は無いだろう。

護廷十三隊、三番隊隊長となった今でもギンの干し柿好きは変わらない。

何かの拍子に四番隊の卯ノ花に、好物を伝えたところ、ひどく感心された。
「・・まあ。干し柿がお好きとは、流石は市丸隊長。菓子の基本をご存じでらっしゃいますのね。
和菓子、特に茶道におけるお茶菓子では、干し柿の甘さは極地とされておりますものね。」

干し柿の甘さが極地の甘さとされているとはギンも知らなかった。
「イヤ、そんなん初めて知りましたわ。」
「あら、そうでらっしゃいましたか。これは失礼いたしましたわ。」
「ボクも勉強になりました。流石は卯ノ花隊長ですなァ。」

『極地ねえ。エエ事聞いたわ。』

ギンは極地という境地が大好きだった。
許される限界。そこでしか味わえない愉悦がそこにはある。
もう少し外れれば許されない。その寸前で止めるのがよいのである。

いたずらも然り。
やり過ぎはよくない。何故なら相手が潰れてしまったら、もうその相手で楽しめないからだ。
潰れない寸前。極地。
それを探るのが楽しいのである。

極地には様々な楽しみがある。いたずらの極致。嫌がらせの極致。そして悪の極致。

干し柿は甘味の極致。

ギンは何故、自分が干し柿が好きなのか、解ったような気持ちだった。
「やっぱ、ギリギリはエエなあ。」
昨年の柿の生りは10年ぶりの不作だった。今年は期待できるのだろうか。

想いは柿の木に寄せられた。




なんちゃって。

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