無用の谷間(松本乱菊)

・・・突然の雨に降られて駆け足で各々の隊舎へ急ぐ死神たち。

そんな中に、一人歩みを速めるでもなく、ぬれる事も厭わずに歩く死神がいた。

後から追い抜いていく死神たちは、必ずちらりとその死神を見ずにはいられない。
流れ落ちる金色の髪は雨の雫に色を増し、塗れた死覇装はただでさえ妖艶な肢体に張り付いて、淫靡にすら見える。

・・・前髪から滴り落ちた雨粒が、豊かな胸に弾け・・・細い筋となって胸の谷間へと流れ落ちていく。
うっとうしそうに、その前髪を無造作にかき上げた後、軽く頭を左右に振る。
飛び散るは只の雨粒なのだが、彼女に思いをはせる者からすれば、それは甘露に見える事だろう。


しかし、その歩みはあくまで堂々としたものだ。
前を見据え、顔を上げて。
注目されている事など、何でもないかのように歩みを進めるその死神の名を・・・

・・・松本乱菊という。

十番隊の隊舎に戻ると、一応に隊員たちは驚き拭く物を持って駆け寄ってきた。
ここぞとばかりに、男性死神の姿が多いのは気のせいだろうか。
「伝令をいただければ、傘を持ってお迎えに上がりましたのに。」
「あら、たまには濡れて帰るのも悪くないわよ?
流石にこのままじゃ風邪を引くから、着替えてくるわね。」
「はい!」

・・背中に男性死神の熱い視線を感じながら、乱菊は執務室に入っていった。

「あ〜〜あ、びしょびしょ〜〜。」
替えの死覇装は執務室に置いてあった。もちろん、更衣室というものは隊に設けられているのだが、そこへ行って戻ってくる手間を考えると、執務室で着替えた方が面倒くさがりの乱菊には向いている。

さっさと死覇装を脱いでしまった。
現われたのは、輝くような白い肌だ。乱菊はブラはしない。身につけているのは黒いビキニタイプの下着一つ。

ざっと頭を拭いた後は、顔、肩、そしてその次は胸の谷間を拭うのが習慣になっている。
汚れがたまりやすいため、手を抜くと直ぐにブツブツが出来るからだ。

妙齢の女性であれば、自室でもない限りさっさと着替えを済ます所だが、乱菊は違う。
体を拭いた手ぬぐいを首に引っ掛けて、隠している酒瓶に手を伸ばす。
湯飲みにも注がずにラッパ飲みした後、いかにも旨そうに「プハ〜〜」と息をついたところで声がかかった。


「・・・ここはお前の部屋でもねえし、更衣室でもねえ。
何度言ったら分かるんだ、お前は。」
「あら、隊長。いらしたんですか?」
「・・・最初からいるだろうが。知ってて聞くんじゃねえ。」


「いやあ、急に雨に降られちゃって冷えたもんですから、ちょっとお酒で体を温めようかなあと。」
と、全く恥らう様子はない。聞く上司の日番谷も冷静そのものだ。
書類をすべる筆は全く変わらず動いている。
他の男性死神が涎を垂らしそうなこの状況で、眉間の皺さえ動かなかった。

「だったら早く着替えを済ませろ。
何時までもそんなもんプラプラさせてんじゃねえ。目障りだ。」
言いつつ、日番谷が完成させた書類を脇へ置き、新しいものを手に取る。
ちらりとでも乱菊に目を向けることがない徹底振りだ。

「ひどいじゃないですか。あたしのオッパイが目障りだなんて。
セクハラですよ、セクハラ。」
さらに手で胸を寄せて抗議する。

「逆セクハラしてんのは、何処をどう見てもお前だ松本。」
「ええ〜?」

言いつつ、流石に替えの死覇装に袖を通す。
女性死神のセックスシンボルとまで言われている自分を、全く性的な対象と見ないこの天才少年を乱菊は気に入っていた。
セクハラなら数知れずほど受けてきたし、欲望を理性で抑えていた同僚や上司も数知れず見てきたが、全く対象として見ないのも珍しい。
だからこそ、逆にからかってしまうのだが。

胸も此処まで育ってしまうと、どうやっても隠し様が無い。下手に隠そうとすれば、余計エッチ臭く見えるようだ。
隠せないのなら、出してしまえと覚悟を決めて、大分経った。


一部を除いて大体の男という生き物は乳が好きだ。
だが、乱菊は自分の豊かな乳をそれほど特別視はしていなかった。

どれだけ、男性死神の注目を得ようとも・・・

『・・・肝心な男を惹きつけられないんじゃ、意味が無いでしょ?

むしろ・・・邪魔なだけだし。』

振り向かせたい男は、どうやら可愛らしい系統の女性死神ばかりに声をかけているらしい。
だからといって、自分が今更可愛い系に路線転換できるものでもないし、流石にプライドが許さない。


『あ〜〜あ。
別にキライじゃないけど、もう少し小さくてもいいかな〜〜。』

女性死神たちからは石が、男性死神たちからは悲鳴が飛んできそうなことを考えながら、袴の紐を締める乱菊がいた。





なんちゃって。

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