夏の終わり(日番谷冬獅郎)

十番隊隊長となった日番谷冬獅郎が、職権の夏休みを取る事が出来たのは、夏ももう直ぐ終わるという頃だった。

なれぬ隊長職を持ち前の理解力と、スピードでこなしてきた日番谷であったが、それでも職務は多忙を極めた。
隊長になった報告もかねて、流魂街にある実家を訪ねようと思っていても、仕事は次から次へと舞い込んでくる。

8月も後二日で終わるとなった頃・・。
漸く、日番谷は休みを取る事が出来た。
しかし、翌日は早朝から職務が入っているため、実家で泊まることは出来ない。

顔を見て、暫く時間を過ごせば、また岐路に着かねばならぬ、休みとなった。

「おやまあ!!冬獅郎!!
帰ってきたんだね!!ああ!!なんて久しぶりなんだろう!!
どれ、良く顔を見せておくれ?」


家の裏手で畑仕事をしていた、彼の養い親でもある老婆は日番谷の顔を見るや、手にあった鍬を放り投げて駆け寄ってきた。
その様子を見て、日番谷は改めて久方ぶりの帰省を痛感した。

「ただいま、ばあちゃん。
いきなりですまねえ。なんせ、いつ休みが取れるか分からなかったからな。」
「いいんだよ、そんなの!!
お前の家なんだ。何時帰ってきてもいいんだよ。
それよりも、立派になったねえ。
聞いてるよ?隊長さんになったって。
すごいねえ。

ばあちゃん、たまげたよ。」

面映い想いのする日番谷。
何時も自分に厳しかった祖母がこれほどまでの褒める事は珍しかった。

「今日はあんまり時間がとれねえんだ。
3時間くらいしたらまた戻んなきゃならねえ。」

「そうかい。残念だねえ。
でも良く帰ってきてくれた。時間までゆっくりしといで?」


祖母がそれから急いで出してきたのは、日番谷にとっては懐かしいものばかりだ。

取れたての野菜で作った胡麻和え。
根菜の煮物。梅干の入った握り飯。手製の糠漬け。


そして・・・飼っている鶏の産んだ玉子から作った卵焼き。
何時もよりも大きい。恐らく産んだ玉子を全て使ってくれたのであろう。


「何にもなくてねえ。これくらいしか出来ないんだよ。
すまないねえ。」
祖母はしきりに謝っていたが、日番谷にとっては何時も食べていたものが出てくる事こそが、何よりのご馳走だった。

台所越しに、祖母からは日番谷に質問が飛ぶ。
仕事は忙しいか。
部屋はちゃんと片付けているかどうか。
どんな生活を送っているか。


そして、どんなものを食べているのか。


「ちゃんと栄養を考えて食べているかい?
好きなものばっかり食べてちゃダメだよ?
野菜もたくさん食べるんだよ?」


・・懐かしい言葉だ。


そして、食事を終えた頃、祖母が大皿にいっぱいのスイカを切って持ってきた。
普通、8月末に日番谷の畑でスイカがなったことはない。
普通は8月に入ると、スイカの樹が傷んでしまい、スイカの実がなることはなかった。

「ばあちゃん、これうちのか?」
「もちろん、うちのさ。
今年はとりわけ天候が不順でねえ。
それでもこれが、最後のスイカだよ。
お前が来る事が、スイカのほうが先に知っているのかもねえ。」


暑い夏は嫌いだった日番谷が、何よりも楽しみにしていたのが畑で生るスイカだった。
食べごろになったスイカは全て1日で食べていた。


「おあがり?うちの畑からのお前への贈り物だ。」

皿の上の切られたスイカに手を伸ばす。
そしてそのままかぶりつく。

懐かしい味だ。
いつもこの味を楽しみにしていたものだ。

・・ここを出る前の頃。
口に残ったスイカの種を、より遠くへ、そして目標に向かって飛ばすことを遊びにしていた自分がいた。

・・ガキだったな・・。

ふと見れば、庭の端の松の木にのこぎりが刺さってる。
日番谷からは10メートルほどのところであろうか。

「ばあちゃん。あの松の木どうしたんだ?なんかのこぎりが生えてるぜ?」

「ああ。それかい。松食い虫にやられてねえ。
枯れたもんだから、切り倒そうとしたんだけど、樹が硬くて出来なかったんだよ。
なに、気長にやるよ。」

「・・・ふーん。」

何を思ったか、ニヤリと笑う日番谷。
フッと何かを吹きだした。
しかし、早すぎて目視できない。

日番谷はスイカを次々に平らげながら、何やらフッと息を吐く。

暫く経った時だ。
「おやまあ、もう食べたのかい?
お前は相変わらずスイカ好きだねえ。」

台所仕事から手を拭き吹き、祖母がやってくる。
「ばあちゃん、あの松の木倒していいか?」

日番谷が妙な事を聞く。
「え?いいけども、どうしたんだい?」
「薪にすんのか?」
「ああ、そのつもりだけど?」
「そうか。」

そして、フッとまた何かを口から飛ばしたその時。



グラリと松の木が傾ぐ。
ミシミシと音を立てながら、庭に向かって倒れてきた。
驚く祖母。しかし日番谷は違う。

スッと立ち上がり、庭に下り立つや刀を一閃。

次の瞬間には、無数の薪が庭に散乱していた。

「これでいいか?」

祖母の方を振り返る日番谷には、気概も驕りも感じない。
あっけにとられていた祖母だが、思わず次の瞬間には笑顔になった。

「ああ、いいともさ。
ありがとよ、冬獅郎。」

手早くついでに薪を庭の隅にまとめると日番谷は祖母に別れを告げる。
「そろそろ帰らねえと。
じゃな、ばあちゃん。」

「そうかい。これからもしっかりおやりよ?
それで、またここへ帰っておいで。」
「分かった。
ばあちゃんも元気でな。」

あっさりした別れの言葉だ。
そして、その後くるりと日番谷は実家を後にした。

その日番谷を見えなくなるまで見送った後、祖母は倒された松の木が生えていたところへ歩いていった。
木の根元に散らばるのは無数のスイカの種だ。

日番谷はスイカの種を飛ばして松の木を倒してしまったのである。

「本当に・・強くなったんだねえ・・・。
頑張るんだよ?冬獅郎。

ばあちゃんは、何時だってお前を応援してるからね?」


祖母の顔には穏やかな笑顔が浮かぶ。



・・・・夏の終わり。
育ての孫の成長をまざまざと知る祖母であった。






なんちゃって。

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