悩むる男(阿散井恋次)
甘味を愛する者にとって、秋とは実に悩み多き季節だ。
ただでさえ実りの秋ということだけでも誘惑が強い所に、更に菓子屋は腕によりをかけて季節に相応しい菓子を繰り出してくる。
こんな強烈な季節に悩まぬ者は甘味を愛する者としては、風上にもおけぬ不届き者だ。
・・・そして・・・
「・・・どうしろってんだよ・・・。」
・・・一見悩みなど無さそうなこの男もまた、その例外ではない。
菓子屋の前で一人の男が腕組みをして真剣な様子でショーウィンドーを覗いている。
死覇装の袖から伸びた二の腕だけでも、その男が非常に鍛えられ抜いていることが見受けられる。
見事な真紅の色の髪を無造作に一つに括りあげているこの男・・無論、六番隊副隊長の阿散井恋次である。
甘いものが好きなこの男、秋らしい甘味を求めて菓子屋に赴いてきたのである。
「やっぱ秋っつったら栗だろ。」
そう最初から男らしく決めてこの菓子屋にやってきた。
といっても、先週は同じような事を言いつつ、対象は芋であったし、一貫性は特にないようである。
・・さて。
栗菓子と決めてやってきたものの、恋次は和菓子職人の創作意欲の大きさに翻弄されることとなっていた。
「栗羊羹に水栗羊羹・・・栗鹿の子に・・栗鹿の子羊羹・・?なんだそりゃ。
何で羊羹だけで三種類もあんだよ、つうかどう違うのかも分かんねえし。
栗羊羹も栗鹿の子羊羹も同じじゃねえのか?」
と言ったところで、創作意欲の高い和菓子職人に「3つとも全く違うものでございます。同じではございません。」とじろりと睨まれ窘められる。無論その後は三つの違いについての講釈が始まる。
が、生憎恋次は食い物に関しての買い物で時間をかける性分ではない。
説明の途中で「栗羊羹一本くれ。」と遮ってしまった。
「かしこまりました。
栗羊羹を一棹(さお)でございますね?」
『・・・この野郎・・さりげなく呼び方変えやがったな?
<本>でも間違いじゃねえだろうが、本でもよ。』
早速羊羹を紙で包装しようとした職人を「包みはいらねえよ。そのままくれ。」と止めてしまう。
このまま持って帰るのかと不審そうな職人をよそに、さっさと金を払ってしまった。
そして・・・・ビリビリとそのまま羊羹を覆っていた紙を破いてしまう。
「じゃあな。」と店を出た瞬間に、ガブリと羊羹に噛みついた。
・・・羊羹一棹まるかじり・・・。←しかも食べ歩き(笑)。
これぞ、まさしく漢の甘味食べ歩きの作法。←注)恋次限定。
道の真ん中を羊羹を齧りながら闊歩する恋次。
半分ほども食べた頃、恋次の鼻を危険な香りがかすめた。
たい焼きを焼く香りだ。
たい焼き好きの恋次にとって、たい焼きの香りは年中危険な誘惑に満ちた香りだが、秋のこの時期の香りは特に危険だ。
前方には馴染みのたい焼き屋が見えてきた。
いつもなら、迷わず買って帰るところだが、今日は栗羊羹を買ってしまっている。この上たい焼きはさしもの恋次でも喰いすぎだろう。
だが、その間にもたい焼きの焼けた香ばしい甘い香りは恋次の嗅覚を、くすぐりまくっている。
『見るんじゃねえ・・。今日はダメだ。流石にヤバいだろ。つうかまだ羊羹喰い終わってねえし。』
視線を背ける様にして通り過ぎようとする恋次。
しかし大好物を目の前にして素通りするのはやはりつらい。
チラリ。
ついつい視線がたい焼き屋の方へ向けられる。と、その時恋次の眼が衝撃に大きく開かれた。
『新商品!!
季節限定、栗入りたい焼き始めました。』
・・・新商品・・・。
・・・季節限定・・・・。
通り過ぎた筈の恋次の歩みが遅くなり・・・やがてはとうとう止まってしまう。
おもむろに、残った羊羹を猛スピードで片付ける恋次。
その後、くるりと踵を返したい焼き屋の方へ向かって行く。
「オヤジ!栗入りたい焼きを・・・」と言いかけた恋次の眼が再び衝撃に大きく見開かれた。
『大好評!!!紅芋たい焼き!!←あ!(笑)
一日限定二〇個!!←止め(爆笑)』
「・・ち・・ちくしょう・・・!!」
恋次の口から呪詛のごとく呻きが発せられた。
・・・まったくもって男の悩みは尽きぬようである。
なんちゃって。