脳外科医、藍染惣右介(病院BLEACH企画)

『・・君は不思議に思ったことは無いかい?

一般的に人の死は、その心臓の機能が停止した時を言う。

心臓とは、血液を全身に送るポンプの役割だ。
心臓で物を考えるわけでも、心臓がその者独自の個性を作り出しているわけでもない。

人がその人たらしめているものは・・・その者の脳なのだ。


脳が手足に歩くことを指示し、物を見ることを指示し、その者独自の個性をも作り出している。

全ては脳による指令なのだ。』

・・・・基幹病院BLEACH・・。

15畳ほどあるだろうか。ある部屋に男が一人机の上のカルテを見ている。
片肘を突き、こめかみに軽く指を添えて何かを考えているようだ。

白衣の下はワイシャツにネクタイ。質の良さが外見にも分かる。
後ろに撫で付けられた髪、額にかかる一筋の前髪。
広い肩幅が、その肉体が鍛えられていることを物語っている。

壁側には天井まで伸びるオーダーメイドの本棚。医学書がびっしりと並んでいる。
半分は外国語で書かれたものだ。英語・・ドイツ語・・フランス語・・。
中には中国語で書かれた漢方についての書物まである。

机はマホガニー製。
しかし、極端に大きくも無く、普通の書斎でもあるようなものだ。
それに合わせた椅子も皮製ではあるが、大きすぎることは無い。
どうやら、この男に与えられた部屋のようだ。広い窓からは中庭が見える。

この病院において働く医師は当然ながら多い。
しかしこの中で、特別な個室が与えられている医師は2名しかない。
一人は、この病院の院長。
そして、もう一人は・・・副院長であるこの男、脳外科の藍染惣右介である。

脳外科とは脳神経外科の略称だ。
主に、腫瘍などの脳腫瘍手術と脳内出血、脳梗塞などの脳血管系手術に分かれる。
藍染は、特に腫瘍系のカリスマである。
脳腫瘍・・今現在その5年間の生存率は7割を超えると言うが、悪性腫瘍に至っては3割に満たないと言われている。
その生存割合を大幅に上げた手術実績を誇るのが藍染なのである。

脳下の手術は顕微鏡を使う非常に細かい作業だ。
脳はその複雑な神経の伝達で機能している。
入り組んだ神経組織や血管を避けて、患部だけを摘出するのだ。ミリどころか、コンマミリの勝負の世界なのである。

同業者が藍染の手術に立会い、「これはもはや芸術だ!」と叫んだと言う逸話は有名だった。

藍染は手術だけではなく、学会にも積極的に顔を出す。
新たな症例、治療例を次々と発表し、学会内でも高名だ。

「・・・記憶領域の腫瘍か・・。悪性の疑いが強いな・・。」
患者は物忘れが酷くなり、頭痛を訴える50代の男性のMRI画像。
その画像にはピンポン玉くらいの腫瘍が映し出されている。

藍染が当然問診もした患者だ。
物忘れが酷くなったと思ったら、やったことを直ぐに忘れてしまうようになったそうだ。
以前は過去の記憶は確かだったのだが、それもあやふやになってきたと言う。

「・・・興味深いオペになりそうだな。」
藍染は腫瘍の手術が好きだった。
脳はその人そのものと言っていい。患者の頭蓋骨を開けてみれば、その個性を妨げようとする腫瘍がある。
腫瘍によって、その人格が驚くべき変貌を遂げてしまうことも多い。
それを・・・どの程度まで組織を取っていいのか・・・悪いのか・・。
その限界を探るのが藍染は好きだった。

取りすぎれば、その個性は失われる。それどころか、死と直結する。しかし取り残せば、再発の可能性が高くなる。

脳の組織をいじることは、藍染にとってその患者と対話することに等しかった。

元オリンピックの選手だった男の脳の運動分野。
老数学者のアルツハイマーにかかった脳。

脳はその個人がどんな人物であるかも物語っているように藍染は感じている。

使い込まれた脳は多くの皺が寄っている。
皺の数だけ、その者が多くを考えたと言う証拠でもある。
美しい脳とは・・より多くの深い皺を刻んだ脳のことだと藍染は考えていた。

『人を人たらしめているのは脳であるにもかかわらず・・脳が死んだ状態・・つまり脳死の状態が人の死であるとは未だ完全に認知されているとはいえない。

ただ心臓という器官が動いているだけで、その者が未だ人格として存在すると考える者は多いだろう。
・ ・・実に愚かなことだな・・。

・ 脳の死んだ肉体など・・ただの肉塊に過ぎないと言うのに・・。』


藍染にはひそかな夢がある。
脳の機能は神経を通じた電気信号によって伝えられる。
それならば・・・脳の情報を、外部にバックアップとして保管することも可能ではないのか。
その人たらしめている脳の情報が何らかの欠損を生じたとき、またバックアップの記憶を入れなおすということが出来はしないかと。
これによりその個人は、肉体が死滅するまでその個人足りえることが出来る。

つまり藍染は、脳の機能をサポートする外部装置の作成を目指しているのである。

そのためには、多くの症例に会わなくてはならない。
症例に合うには、手術の成功率をあげ、知名度を上げるのがその一つの方法だ。

脳の情報のバックアップが取れれば、様々な応用が利く。
治安の維持にも役立つと藍染は考えていた。
再犯を繰り返す者。性犯罪者。
その者たちの更正として、脳の手術が有効だと考えているのである。
暴力的というならば、攻撃性を指令する部分の脳の部分に手を加えればいい。
性犯罪者には性欲を感じる脳の情報を乱し、『正常』な情報と差し替える。

刑の量刑も必要なことだが、何よりも再犯を防ぐ観点からだと、それが一番手っ取り早い
無限に広がる可能性。

それが藍染の目的だった。

「・・ああ。そろそろ時間だな。」
今日は午前は脳外科の学会の出席予定だ。
午後は戻って例の患者の手術予定が入っている。

「・・・診せてもらおうか・・・。
新たな症例を。
私は君から、脳の可能性を探る。
代わりに君は私の手術を受け、誰よりも高い生存のチャンスを得る。

・ ・・これこそ対等なギブアンドテイクだとは思わないかね・・?」

白衣から背広に替える。
一見、医者には見えない。どう見ても企業の役員クラスだ。
磨かれた靴がドアの方へと歩みだす。
口元には不敵な笑みが浮かぶ。

「人類が今の繁栄を築いたのは、その脳を持ったからだ。
脳は未知の領域をまだまだ秘めている。
そして、だれもまだその頂を知らない。

待っていろ・・。
いずれ私が・・その頂に立つ。」

後手に閉めるドアの音がした。



なんちゃって。

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