朧月、花を散らす(藍染惣右介)

真央霊術院。

堂々たるその建物に、春の月光が降り注ぐ。
月夜ではあるが、風は強い。
時折吹く風は木々を大きく揺らすほどだ。

2000年の歴史を誇る、死神を育てるその学び舎から二人の男が出てきた。

一人は五番隊隊長、藍染惣右介。
もう一人は副官である市丸ギンだ。

真央霊術院では今最も死神に必要な能力は何なのか、また護廷十三隊からの要望を定期的に意見を聞く機会を設けている。

そしてその要望に従い、授業カリキュラムを組み替えたりもする事もあるため、学園側と死神側が白熱した議論になることもある。
真央霊術院は、即戦力になる死神を育てなければならないのだ。

その死神の生の意見を尊重するのはある意味当然だろう。

その死神側の代表として参加したのが五番隊隊長の藍染惣右介だ。
学院の卒業生でもある彼は、思慮深く温厚で人望も厚い。
部下を育てる力量も評価されている藍染は、学院側からも意見を聞きたい相手であった。

藍染が提唱したのは「予想外の状況に陥った時の、対処能力」の向上だ。
能力そのものは高いものの、トラブルに陥った時、対応できない死神が増えてきている、というものである。
そこでその対処能力を高めるための授業プログラム内容を学院側と膝を突き合わせて、新たに作り上げたものの、予定を大幅に過ぎて夜になってしまったのである。

4月の初旬。
真央霊術院自慢の桜並木も満開を過ぎて、散り際になっている。
おまけにその日は風も強く、正しく桜吹雪となっていた。

その中を月夜に照らされた藍染が先に進む。
後ろには副官のギンが続く。

「見事な桜吹雪だね。月夜に見るというのも悪くない。」
門に向かう並木道。
半ばで藍染が歩みを止める。
「・・そうですね。」
無難に答えるギンを背中で聞いた藍染がクスリと笑う。

「無理に僕に合わせる必要は無いよ。相変わらず、散り際は嫌いなようだね。」
そう言って、ギンの方を振り返る。

「・・・知ってはるなら、聞かんといてください。
なんや辛気臭いですやろ?散り際いうたら。」
「辛気臭い・・か。なるほど、君らしい意見だね。

そんなに嫌いなら・・止めてみようか?
散るのを。」


いうと、藍染の体からユラリと霊圧が放たれる。
そしてその次の瞬間。


・・なんと・・・


散った桜の花びらが空間に止まっていた。


1枚、2枚ではない。
少なくとも二人の半径50間の範囲内全ての桜が、まるで時間を止められたが如く空中で止まっているのだ。
何千、何万の桜の花びらが・・である。

そのありえない情景を春の月が照らしている。

あまりの光景にあっけに取られるギン。

「・・これならば、気に入るのかな?・・ギン。」

ギンが目の前の止まった花びらを片手で握る。
確かに花びらの僅かな感触がある。

・・しかし・・・

『鏡花水月や・・。』

藍染の持つ斬魄刀の能力は、解放の瞬間を一度でも見た相手を完全催眠の支配下に堕とし、五感、霊圧等全てを支配することができる。
ありえないこの状況も、斬魄刀の能力を持ってすれば在りうる事だ。


「・・空中で止められる方がもっと辛気臭いんですけど。」

それを聞いて、また藍染はフッと笑う。
その瞬間、止まっていた時がまた動き出したかのように、桜がまた散り始めた。
「我侭だね。・・困った子だ。

・・桜が好まれるのは、その咲き方散り方が一期一会の精神に合致する為だと僕は思う。

一生に一度だけの機会・・その出会いとはもう二度とこの先にはない。だからこそ、その出会いを尊重せよ。・・そんなところだろうね。」

「桜なんて毎年咲きますやん。」
「確かにね。だが、気象条件などにより全く同じものというのはありえないというのも事実だ。
僕らが出会う死神は全て『死神』というカテゴリには入るけれども、君という死神が一人であるというのと似ているかな。」

「そしたら藍染隊長はボクとの出会いを尊重してはりますのん?」
「勿論そのつもりだ。」
「信じられませんなあ。」
「では証拠を見せよう。
僕の目的を達成するためには、君自身も多大な犠牲を払うことになるだろう。」
「無いなって困るもんやありませんし。」
「・・本当に?この散る桜の花びらのように、現在君と関わっている者達全ての関係も散ってしまっても?

君には本当に無くなって困るものはないのかい?」

「・・別に無いですわ。」

「一期一会には誠意を尽くすということも含まれている。
その誠意を君に示そう。
もし、全てを無くしたくなければ、ここで君は降りてもいい。」

「そんで、サックリボクを殺しますのん?」
「そんなことはしない。君が余計なことをしなければ・・だが。

どんな事をしてはならないのか、わざわざ教えねばならないような無能な者を僕は副官にしているつもりはない。

・・・君はよく分かっているはずだ。

その限りにおいて、君は自由だ。
そして僕の副官からは降りてもらおう。

今まで僕に仕えてくれた礼に、隊長の座を用意してもいい。
・・流石に五番隊の席は無理だがね。
ああ、出来れば事後処理が面倒だから一番隊も避けてもらえると有難いな。
だが、それ以外なら何番隊でもいい。

・・・君のなりたい隊の隊長の座を空けよう。

・・・それが君への選別だ。」

「えらい気前がよろしいことで。」
「大した作業ではないからね。

・・・・君が降りることを望むなら


・・・・ここが君との別れの場だ。」

そして、ギンを残して歩み始めた。
その姿を桜吹雪が覆う。

「ここで・・さいなら・・か。」
そうして、握ったままだった手を開くと、そこには一枚の花びらが。

『・・・?
・・どういうことや?
<アレ>が鏡花水月の能力のせいやったら、ここに花びらがあるはずない。
幻に実体があるはずが無い。

・・・・ということは・・。
・・<アレ>は斬魄刀を使ってないということや。

・・・霊圧で<アレ>をやらかしたんか・・・!!
何万もの桜の花びらを!!全部操りおった!!』


ギンは震撼した。
あの男は何処まで強いのか。
それほど大きな霊圧が出ていたとは感じられない。
僅かな霊圧で完全に周囲を操っていたのだ。

ギンは手のひらの花びらをもう一度握り締め、ニヤリと笑った。

「・・やっぱあのオッサンは面白いなあ・・。」

そして、藍染に追いつくべく、ギンもまた歩み始めた。



ひときわ強い風が吹き、ギンの後ろ姿も桜吹雪で隠された。



「・・・来たのかい?」

「そりゃ、ボクは隊長の『副官』やし。」

「・・・後悔はしないんだね?」

「せやかて、隊長、ボクに面白いモン見せてくれるんやろ?
この桜の花びらだけでは、ボク満足できませんわ。」


「・・なるほど。君は欲張りだったね。

いいとも。

欲張りな子は・・・


・・・僕は嫌いじゃないよ?」



強い風は会話をも隠す。

「・・いい風だ。
桜を散らすにはふさわしい。

なんだか、あの月から吹き降ろしてくるようじゃないか。」

「朧月が桜を散らしますのん?

なんやホンマに『鏡花水月』の幻想世界やなあ。」


ほのかに霞んだ春の宵月。

下から見上げる朧月は、桜吹雪で彩られていた。





なんちゃって。

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