オレンジ頭の弟子(浦原喜助)

浦原喜助は今まで弟子を持ったことがない。
弟子に志願してきた者は数知れずいる。
護廷十三隊、十二番隊隊長と技術開発局初代局長をつとめた男だ。
今まで弟子にしてくれ、と土下座をした者もいれば、権力を使って弟子にしてもらおうとした者もいる。

だが、喜助はのらりくらりと断ってきた。


理由は簡単だ。

志望者が『天才』になりたくて志望してくるものばかりだったからだ。
『天才』とは生まれもった時に備わっている能力のことだ。
後付できる能力ではないからである。

喜助の思考能力は喜助だからこそ出来るものであり、ハウツー物を期待されても無理だったからだ。

だが今まで一人だけ弟子といえなくもない者がいる。
教えた期間はごく僅かだ。
喜助も弟子を持ったことがあるかと問われたら、頭をひねるところだろう。だが、この間喜助は本気でその者を鍛えたし、その者も本気で喜助から何かを得ようとしていた。

そして・・・その者はオレンジ色の髪をしていた。



喜助はそのオレンジ頭の少年が何者かを知っていた。
その者が恐るべき潜在能力を持ちながら、自らのことを知らぬがうえに実力を如何ほども出せていないことも知っていた。

だが何も教えなかった。
ただその少年に、剣の稽古をつけただけだ。
戦い方という方法を教えたわけではない。
『戦い』とはどういうものかを、それまで無縁だったその少年に教えただけだ。


喜助自身、ここまで本気で相手をすることになるとは思っていなかった。
ただ、ルキアの命を助けると言う目的の為に必死になって強くなろうとするその少年に、少なからず喜助も引き摺られてしまったのだろう。

まっすぐな目をした少年だった。
たとえ目の前に高い壁があり、一度は挫折したとしても、他に楽な道が見えていたとしても目の前の壁を叩き破って進むような少年だった。

年を取ると、色々なことが見えてくる。
目的やリスク、その成果を無意識に計算し、当初の目的に修正を加えるようになるのも年を取ればこそだろう。
だが、その少年の目はそのようなことなど全く望んでいない目をしていた。

『目の前に立ちふさがる壁なんて全部叩き割りゃいいじゃねえか。
それがどんなに困難であろうとも、そんなことは関係ねえ。
ただ前にすすみてえんだよ、俺は!!』

若さゆえと一笑にふすには、あまりにも純粋、あまりにも無知、あまりにも強い。


少年が戦いを積むことで自然に強くなるのは見えていた。
時間もない。
その中で喜助が教えたのが、戦いの残酷さと人を斬るという覚悟だ。
平穏な生活を送ってきた者がいきなり生死をかける戦いの場へ出て行くのだ。

戦いを甘く見、そしてその残酷性も見ているつもりでみていない者に、戦いの現実を教えると言うのは実は難しい。
教えると言う以上は命の危険はないものと、教えられる者は知っているからだ。
そこから、意識改革をさせねばならないのだから。

そして少年は限られた時間の中で精一杯、成長した。



一人の戦士の誕生だ。




意気揚々と尸魂界へ思いをはせる少年に、喜助は一つの迷いがあった。
ルキアが死の淵に立つ原因を作ったのは喜助自身だということだ。
尸魂界で知る事になる確率は高い。
そして、喜助を信頼しているらしい少年が、少なからずの衝撃を受けるだろう。。


・・・真実を知って、この少年の前に進もうとする力が萎えるのではないか。



「いよいよだな、浦原さん。」
いつの間にか少年は喜助のことを「ゲタ帽子」から「浦原さん」へと呼ぶようになっていた。

喜助に向けられる眼差しには、純粋な信頼が読み取れる。


喜助は心が少し痛かった。
だが、何も言わないことに決めた。
余計なことを言って、迷いを生じさせることはしたくなかったからだ。


・・・そして少年が尸魂界へ向かう日がやってきた。

喜助は門へ仲間と供に姿を消す少年を、黙って見送った。


真実を知らずにいられれば一番良いのかもしれない。
だが、喜助は少年に真実を知ってほしかった。
何故なら少年が真実を知るとき、その少年の目的が限りなく達成される可能性が高い時だからだ。

・・・だが同時に最も危険な状態になる時でもある。

『・・・真実をアナタの目と耳で聞いてください。


アナタはアタシに、「何故教えなかったんだよ!」と怒鳴りつけたくなるでしょうね。

一発殴らなきゃ気がすまないはずです。

いいでしょう。大人しく殴られようじゃありませんか。


だから帰ってくるんですよ?


アタシを殴りに帰ってらっしゃい。


そして朽木さんを頼みますよ?


・・・・・アナタに武運があらんことを。



・・・・頼みましたよ、一護さん。』



少年たちが旅立った後。

浦原商店はまた何時もの静かな日常が戻った。


・・・変わったことと言えば。


ぐうたらな店長が、空を見上げる時間が少し長くなったくらいのことだ。

その脳裏にオレンジ頭の弟子もどきが過ぎっているかどうかは・・・。




・・・誰にも分からない。







なんちゃって。


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