漢の花道(射場鉄左衛門)
射場には育ての母がいる。
お世辞にも出来た母とは言えない。
酒におぼれ、射場に些細なことで手を挙げるような母だった。
酒がなくなると、射場に暴力を振るうこともしばしばだった。
親らしいことなど何一つしはしなかった。
機嫌がいいときは酒を飲んでいるときのみ。
酔ってくると昔の男の話を決まってする女だった。
「あたしの昔の男はねえ。護廷十三隊の副隊長だったのさ。
いい男だったねえ。あたしに簪なんて買ってくれてさあ。」
結局はその男に捨てられたわけだが、そんなことは忘れたかのように思い出を綴る。
うっとりと顔を高潮させながら穏やかに話す、母。
その時ばかりは射場にも優しい。
射場はそんな母のもとで幼少期を過ごした。
射場に能力があると分かると、母の態度は一変した。
事あるごとに、射場に死神になり、副隊長を目指せと言う様になった。
昔の男が何番隊に所属していたのかも知らないのに、だ。
当然、死神がどんなものなのかも知りはしない。
ただ狂ったように、射場に「副隊長になるんだよ。いいね。あんたは副隊長になるんだ!」といい続けていた。
いや・・・実際彼女の理性は徐々に崩壊していた。
・・・彼女の健康とともに。
射場の育ったところは、治安はよくない。
腕力がものを言う所だった。
当然射場もその中で揉まれ育っている。
喧嘩とともに大きくなっていた。
やがて、射場が成長し、学院に入学できる日が来た。
母は当然喜んだ。
まだ死神になれるとも、副隊長になれるとも分からないのに、射場が副隊長になると信じきっていたようだ。
もはや判断能力は著しく低下していたようだ。
学院は全寮制だ。
射場はそんな母を一人で残すことに不安があった。
しかし、母は寮に入らなければ、射場を殺すとまで言い張った。
そして射場が、学院に入る日がやってきた。
入学の朝。
母が射場に手渡したものがある。
お守りだった。
手縫いのようだ。
普段裁縫なぞやったことのない女の作ったものだ。
不恰好なことはこの上ない。
しかし、射場の母が射場のために何かを作るというのはこれが初めてだった。
「いいかい。一人前になるまで帰ってきちゃあいけないよ?そんなことをしたら、このあたしがあんたを死ぬまで許さないからね。」
念を押される。
射場に異存はない。
そして母は射場を三つ指をついて送り出した。
「行ってらっしゃいませ。」
・・・恐らく、昔の男をいつもこういう風に送り出していたのだろう。
そして、射場は学院に入学した。
剣と拳の成績はトップクラスだった。
しかし鬼道はさっぱりだ。
もともと好きではないし、あのタラタラ詠唱しないといけないのがどうも射場には合わない。
『そんな、くっちゃべる暇があるなら斬りかかっていかんかい!!
喧嘩というものは、実際ぶつかってみてなんぼじゃ。
離れたところから、こそこそ攻撃するんは卑怯者のすることじゃけえ。』
これが射場の考え方だ。
それゆえ、何時まで経っても鬼道の成績は地の底を這っていた。
入学して4年目の晩秋。
教師から射場は呼び出された。
告げられた内容は・・・・
射場の母の死だった。
直ぐに実家に戻る。
そこには白い布を顔に被せられた、射場の母がいた。
近所の者が、射場に母の状態を伝える。
射場の母は、酒が元で体を壊しながらも、酒を絶つことができず、最後には近所の者の顔も分からなくなっていたらしい。
ただ、射場に連絡を取ることだけは頑なに拒否したようだ。
「あの子が副隊長になるまでは、あたしは会わない」
そう言い続けていたらしい。
射場は葬式を挙げ、墓を作った。
それまで一度も涙を流したことはない。
「ひどい母親だったからねえ。あんたも苦労したろう。」
そう慰めるものもいた。
ひと段落して学院に戻る。
事情を知っている教師からは、弔問の言葉をかけられたが、射場は淡々と礼を述べていた。
それからの射場は、ほとんど変わらなかった。
ただ一点を除いて。
あれほど嫌いだった鬼道を死に物狂いで勉強するようになった。
そして、卒業までの間に鬼道の成績をトップクラスにまで上げていた。
そして、見事死神になった。
その後・・・。
「あれ?射場さん。懐に何持ってるんですか?」
一角が射場の持ち物に何か気付いたようだ。
「ああ、これか?こりゃあ、お守りじゃ。」
「お守り?珍しいっすね。射場さんがそんなの持つなんて。」
「こんなもんでも、一応親の形見じゃけえのう。」
「え?親御さん、なくなったんですか?」
「まあ、ひどいババアじゃったわ。酒癖が悪うてのう。死んでせいせいしたわい。」
「ふ〜〜ん。大変だったんすねえ。」
『・・・その通りじゃ。
ひどいババアじゃった。
母親らしいことなんぞ、してもらった覚えは無いしのう。
ようわしもあんな家でおったもんじゃ。』
「副隊長になるんだよ。いいね。あんたは副隊長になるんだ!」
『簡単に言いよったけど、副隊長になるんはそう簡単なことやないけえ。
あのババア。』
そう思いながらお守りを見つめる。
『・・・死ぬいうんは卑怯なもんじゃ。
悪いところを忘れてしもうて、ええとこしか覚えんようなるもんじゃ。
・・・まあ、見といてくれ、ババア。
わしの漢の花道を。
副隊長にはわしがなったる。
・・・なったるわい。』
なんちゃって。