大人の関係(ギンと乱菊)

死神の中でいい女といったら?というと必ず出て来る名前がある。

十番隊副隊長、松本乱菊。
同性でさえもため息が出るほどの成熟した肉体。流れる金の髪。少し肉厚の唇の端にはほくろがある。
これ以上無いといいほどのセクシーな外見を持っているが、その中身は実に男性的だった。
細かいことが嫌いで、書類仕事はサボりの常習犯だが、その他の仕事は優秀だ。特にいざとなった時の乱菊は、驚くべき実力を持っている。

彼女は相手が男性であろうが、女性であろうが、態度は全く変わらないし、付き合いも変わらない。
男性であっても平気で呑みに行くし、それが隊長であったとしても全くためらいはなかった。
そして自分を飾らない。当然、男性で彼女に思いを寄せる者は多かった。

しかし、何故か乱菊に「男」が出来たということはなかった。
噂なら山ほどある。ただ、それはすべてただの付き合いだった。
その筆頭に上がるのが、八番隊隊長、京楽春水だ。
乱菊と付き合っているのか?と聞かれた彼はこう答えた。

「ボクが?乱菊ちゃんと?残念だけど、それはないねえ。ただの飲み友達さ。それに、ボクにも話したことはないけど、あの子には心に決めてる人がいるんじゃないかな。あんな外見してるけど、身持ちは硬い子だよ。他の男とほいほい付き合うタイプじゃあない。」

オープンな態度で、友人としてはすぐになれるのだが、その域を超えさせない。乱菊にはそんな所が何故かあった。


三番隊隊長、市丸ギンは瀞霊廷某所に呼び出された。
秘密の密会所。五番隊隊長、藍染惣右介が作った場所だ。
ギンがここへ到着した時、既に藍染はそこにいた。

「なんですのん?隊長。急に呼び出したりして。」
「やあ、ギン。悪かったね。実は昔作ったホロウを実験もかねて現世に放したのだが、今、十番隊の管轄地域に留まっているようなんだ。」
「それで、どうされました?」
「十番隊の死神を15人ほど殺しているようだね。そろそろ上役が出る頃だ。」
「あのおチビさんがなんとかしますやろ、それくらい。」
「日番谷君なら、今いない。辺境へ視察に出ていてね。後2日は戻れないだろう。とすると松本君が出ることになるね。」

「・・・それで?」
「ホロウの数は5体。気配と霊圧が消せるタイプだ。そのうち1体は少しの間だが姿も消せる。」
「・・・そのくらいの改造ホロウなら、なんとかしますやろ。」
「厄介なことに猛毒をもたせてあってね。少しでも攻撃が当たると、死ぬ可能性がある。」

「・・・・。それで、僕が呼ばれた理由はなんですのん?」
「君は松本君と同期だったね。松本君は優秀な人材だ。もしものことがあって亡くすには惜しい。ここに解毒薬があるから、持って行くといい。」

「管轄地域外に、隊長の僕が出張っていくわけにいきませんやろ。」
「ここに、新人事計画の重要書類がある。副隊長以上でなければ渡せない準A級書類だ。君の所の後は十番隊に届けることになっている。放浪癖のある君が、現世に寄り道するのは別におかしいことでは無いと思うが?」

「要するに僕に行かせたいわけですな?ほな分かりました。行ってきますわ。」
「すまないね。ギン。頼むよ。」


『ホンマ、人が悪いなあ、隊長は。あないな楽しそうな顔で「すまないね。」やいわれても、全然嬉しないわ』
密会所を出たギンは、それでもそのまま現世へ向かった。


一方。
先に乱菊が降り立った現世では、隊員が完全にパニックに陥っていた。

「見たことも無いヒュージホロウがいる!気配を消してくる!少しの傷にもかかわらず、攻撃されると死んでしまう!!」

錯乱した隊員たちから、再度情報を収集すると、直ちに生き残った者をさがらせて、自分が戦闘態勢に入った。
敵は複数。気配が消せる。猛毒を持つ。
油断は出来ない。全力で倒す!!最初の1体目を捉えた乱菊は迷うことなく始解した。「“唸れ”灰猫!」
灰のごとく刀の部分が変化した、彼女の斬魄刀が襲い掛かる。まずは1体目を撃破。そのとき左方向に2体目を発見。返す刀で、2体目を撃破。
そのときだった。

乱菊の後方にいた3体目を長く伸びた斬魄刀が貫いた。
乱菊の目が見開く。これは・・・・まさか・・・。
「なんや、お取り込み中やなあ。」
とても戦闘中とは思えぬ、間延びした声がした。
「ギ・・・市丸隊長!!どうしてここに!!」

「今日は僕、かわいい郵便屋さんやねん。準A級書類持ってきたんけど、十番隊隊長さんは出張でいてへんゆうし、ほな乱菊は?ゆうたらここや言われて。」
「ですが・・・、なにもわざわざ・・・。」
「ちょっと散歩もかねてな?たまにはええで?面白いところにも出会えるし。」
「危険です!!まだ敵が隠れているかもしれません!お下がりください!」
そう言ったときだ。4体目が出現。
これを撃破して、乱菊がギンの方向を見たときだった。
ギンの後方に突如ホロウが出現した。さっきまでいなかったのに?

ダメだ!とっさだった。
「ギン!!!」
乱菊はギンを庇っていた。かわしたつもりだったが、左の肩に軽い衝撃が走る。
かわりに乱菊の体を左手で支えたギンの『神鎗』が伸びた。5体目撃破。

その時、乱菊はギンの赤い眼を見たような気がした。

ほっとした瞬間、くらりと視界が揺れる。左の肩が熱い。体に力が入らない。立っていられない。
異変に気付いたギンが、乱菊の左肩に血が滲んでいるのを発見する。
「やられたんか?僕ならかわせたのに。」
ギンの脳裏を藍染の言葉がよぎる。
『厄介なことに猛毒をもたせてあってね。少しでも攻撃が当たると、死ぬ可能性がある。』

突然ギンの手が乱菊の着物の合わせを大きく開く。
乱菊が止める暇もなかった。乱菊の乳白色の肌が露わになる。その左肩には小さな裂傷が。しかし青く黒ずんでいた。そしてまわりは腫れつつある。猛毒によるためだ。
「つっ!」
次の瞬間乱菊は思わず声を上げる。ギンが無言でその傷口に口を付け、毒をを強く吸出し、吐き捨てる。
「ギ、ギン!!」
「黙っとり。」
数回、毒を強く吸い出した後、ギンは乱菊に解毒薬を飲ませる。
唇からこぼれた液体の薬が喉元を伝い、胸元に流れ込むのが見えた。

発熱がはじまっていたが、難を逃れたようだ。毒はあらかた吸い出している。
だが、乱菊の衣服にも毒が付いているはずだ。衣服を元に戻すことは出来ない。傷口にまた毒を付着させてしまう。
そう判断したギンは、隊長の羽織を迷わず脱ぎ、乱菊に被せる。そしてその場でソウルソサエティへの門を開いた。

その時ようやく十番隊の席官クラスの者が、やって来る。
「い、市丸隊長?!どうしてここへ。松本副隊長?!どうされました?!!」
「松本副隊長は負傷。重傷のため、これより帰還して救護を受けさせる。ヒュージホロウはすべて殲滅や。君は後の処理を頼むで?ええな?」
「か、かしこまりました!」

ソウルソサエティに帰還すると、ギンは無言で乱菊を抱きあげる。
乱菊の体温が衣服を通しても、先ほどよりも上昇しているのが分かる。これからもう少し上がるかもしれない。

「ギン!いえ、市丸隊長!!そんなことなさらずとも・・」
「まだ動けんやろ?毒まわるし。四番隊のところまで瞬歩使わせてもらうで。しっかり掴まっとり。」

言うや、瞬歩で移動し始めるギン。
胸元をきゅっと掴まれる感触があり、視線を下に向けると、何かに耐えるように、そして泣きそうになりながら、自分の胸にしがみついている乱菊がいた。

それ以来、二人は無言だった。

四番隊の救護棟に着いても、二人が言葉を交わすことは無い。
状況を簡単に説明し、退出しようとしたギンの背に、思わず乱菊が呼び止める。
「ギ・・市丸隊長!・・・・。有難うございました。」

それを聞くギンの背は向けられたままだ。こちらを振り向くことも無い。

「ええ女が体に傷なんぞ作るもんやない。ええな?乱菊。」

それだけ言い置いて、ギンは去って行った。

自分の隊に戻ったギンを待ち受けていたのは、心配そうな吉良イヅルの顔だった。
「市丸隊長!お探しいたしました!一体どちらまで?!」
「ちょっと現世まで散歩に。」
「現世まで?!」
「たまにはええで?今度一緒に行こうな、イヅル。」
「からかわないでください!ところで隊長。羽織はどうされました?」
「ああ、忘れてもうた。ちょっとイヅル、四番隊まで取りにいってくれへん?ついでに乱菊にこれ渡して。準Aの書類や。」
「?・・了解しました。」

私室で着替えようとしたギンが、ふと指先についた血に気付く。自分の腕の中での乱菊が頭をよぎる。
ギンもまた何かに耐えるように、思わず強く手を握り締めていた。

四番隊に着いたイヅルが見たのは、負傷した乱菊だった。
熱があるらしいが、イヅルに羽織を手渡した。
イヅルは書類を手渡し、ことの経緯を簡単に聞いた。
ふと疑問に思ったイヅルがこんな質問をした。
「そういや、市丸隊長と松本さんて同期ですよね?どんな関係だったんですか?」
少し面食らった乱菊だが、くすりと笑ってこう答えた。
「いやあねえ。大人の関係よ。」
「えええ〜〜〜〜?!!!本当なんですか?!!」
「ふふ。ひ・み・つ。さあ、休ませて頂戴。」


2日後。乱菊の発熱は収まった。だが、肩の傷と傷の周りに付けられた赤い痣が消えるのはもう少し先だった。

『あの背中を何時も私は追っている。
でも何時も届かない。

いつかあなたの背に追いつくことがあるのかしら。

・・ねえ、ギン。

あなたが何処に行きたいのか、私に教えてくれる日は来るのかしら。

・・・・ねえ・・・ギン・・・・。』

それから先、物思いにふけるとき、乱菊は左の肩に手を添えて考え込むことが多くなる。

なんちゃって。

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