プライド(朽木白哉)

・・・・「プライド」か・・。

・・・その呼び方は好かぬ。

何でも横文字で呼べばよいという、昨今の流れは私から言わせると、「下らぬ」の一語に尽きる。物事を自国の言葉で言い表せず、他国の言葉を借りて表現するなど、まさに「プライド」がないというしかあるまい。

・・『誇り』。


この言葉は私が物心がつく前から、幾度となく聴いた言葉だ。

「お前はこの朽木家の次期当主なのだ。その誇りを持て。」
「朽木白哉様ともあろう方が、そのようなことを為さるものではありません。もっと誇りをおもちにならねば。」
「流石は白哉様。私どももお仕えできることが誇りでございますわ。」
「流石はこのわしの息子だ。誇りある朽木家にふさわしい跡取りが出来て、わしも嬉しく思うぞ。」


そして、「護らねばならぬ重要なもの」として、『伝統』、『品格』、『実力』、『鍛錬』、『自律』を教えられてきた。これも、物心がつく前だ。

家の者たちは、幼い私を当主にふさわしい男になるべく懸命に教育をしてくれたと思っている。
・・・それについては私も感謝している。
私は受けうる最高の教育を受けてきたと自負している。
完璧だと思っていた、教育に死角があったことを・・・随分と後になって知ることになった。


・・・私は一人の女性を愛した。
そして、一族の反対を押し切って、妻とした。

無論、妻にしたかったためでもある。
・・だが・・・心のどこかで、私が緋真に与えられる最大のものが、誇りある『朽木』の名を名乗らせる事だと信じてもいた。

朽木は正一位の四大貴族。その一員になる事が・・・緋真にとっても『名誉』だと思っていたのだ。

緋真は朽木の名を名乗るようになって、僅か5年で私の手の及ばぬ所へ旅立っていった。


そして遺言に従い、私は緋真の妹ルキアを見つけ出した。
・・・・緋真と瓜二つの顔。生き写しとはこの事を言うのであろう。

またもや、一族の反対を押し切り、ルキアを我が家に迎え入れる事になったのは・・緋真の遺言だけではあるまい。緋真を失った心の空隙を妹を迎える事で埋めたかったのやも知れぬ。


・・緋真には、充分なことをしてやれなかった。その分を緋真自身が悔いていた妹にしてやりたかったのか・・・。

そして・・緋真と同じくルキアにも、私が出来うる最大の事・・誇りある『朽木』の名を名乗らせる事としたのだ。

・・・だが、ルキアは我が家の一員となっても、喜んでいるようには見えなかった。
表情は強張り、迎え入れる前にふと見た屈託ない笑顔は何処にも見られぬようになった。
幸せになれるであろうと、思って私がしたことは、返ってルキアから幸せを奪っているようにすら思えた。


・・・何故だ・・・。何故、幸せになれぬのだ。

・・よもや・・・朽木の名を与える事は・・・幸せとは結びつかぬのか・・?
私が最大の誇りだと教えられてきた『朽木』の名。
しかし・・・その名が返って、緋真を苦しめ・・さらには緋真の命を縮めてしまったのではないか。そして、ルキアから笑みを奪ったいるのではないか。

・・・私は・・あの姉妹に『朽木』という栄誉を与えたかったのではなく、『朽木のもの』だという『首枷』をつけたかっただけなのやも知れぬ。


それでは、あの姉妹が欲するものは何だったのであろうか。


・・・解からぬ。

・・・・私は・・・優しくしてやるという術を知らぬことに・・今更ながら気がついたのだ。

幼い時より厳しき教育を受けてきた私が・・そんな事も知らぬとは・・。



・・・どうすれば、優しくすることが出来るのだ・・。

・・愛しさが増すほど、それが分からぬようになる。

解けぬ悩みは、空虚な渦を巻き・・・

お前には心にもなき冷たい態度を取ってしまう。

また私が同じ過ちを繰り返さぬとは限らぬ。
お前に『朽木』という首枷をつけ、『朽木』という名の牢に縛りつけようとするやも知れぬ。



・・教えるのだ。
お前はどうすれば、喜ぶのか。


いや・・・教えてはくれぬか、優しくする術を。



・・・・・愛しき者への接する術を。



私は・・・お前の笑う顔が見たい。


・・・ただ・・お前の笑う顔が見たいのだ。




・・・よもや・・・私が教えを請うことになるとはな・・・。




只一つ今言えることは、私が今まで守るべきと教えられてきた「大事なもの」とお前とは異質なものだ。
だが、私にとってはどちらも護るべきもの。
・・・そう、私の誇りにかけて。

いや・・・『誇り』をおまえに使うのは適切ではないな・・。


ならば・・・仮に「プライド」という言葉を借りておこう。




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