雷神(浮竹十四郎)

・・・暑さが堪える8月。
朝から昼にかけてのかんかん照りが、昼過ぎになると嘘のように一変する。

真っ黒な雲が立ち込め、空からはゴロゴロという不穏な音が聞こえ始めた。
あれほど喧しく鳴いていた蝉がぴたりとその声を止め、辺りは来るべき空の怒りを静寂のうちに待ち受ける。

急激な気温の低下と共に大粒の雨があらゆる物に叩きつけられ、稲光と共に轟音が鳴り響く。

・・「夕立」。

人は暫しの間全ての扉を閉め、空の怒りが収まるのを、家の中で大人しく見えぬ空を仰ぎ見て待つ。

瀞霊廷においても、其れは同じだ。夏の夕立は各隊の扉を固く閉ざさせる。
ただ・・一箇所を除いて。

その一箇所とは・・・浮竹十四郎が住まう十三番隊の雨乾堂の事である。

雨乾堂という名ではあるが、前面に池を配置したこの堂には雨が似合う。
叩きつける雨が池の水面に当る様子は格別だ。
その雨乾堂を稲光が照らす。
そして、その堂の主はその雷光を必ず窓の一箇所を開け放ち見る。
よほどの事がない限り、雨が吹き込まぬよう設計されているその窓は池に向かって設置されている。
あまり、物にこだわらぬ堂の主が、注文をつけた数少ない箇所だった。

浮竹は幼いころより、雷を見るのが好きだった。
幼い弟や妹は怖がって身を寄せ合っていたが、そんな弟や妹を宥めながらも浮竹は僅かに開けた扉から雷を見るのが好きだった。無論、雨が入らぬように注意しながらだが。

雷の恐ろしさは、重々知っていた。
何百年も聳え立っていた大木を、一瞬にして真っ二つにしてしまうほどの破壊力。
雷が落ちた家がその後火災に見舞われたというのも、実際見たことさえある。
雷に打たれて命を落とす者もいた。

そんな話を聞けば、当然浮竹の心は痛む。しかし、雷を美しいと思う気持ちは変わらなかった。
雷は天の怒りだと年寄りは言う。
とすれば、なんと天の怒りというものは、恐ろしくも美しいものなのだろう。
その一瞬の閃きで審判を下す。
そして、その後は静寂が戻る。
その潔さに惹かれていた。

浮竹は幼いころより肺病を患ってはいたが、死神になることを決意していた。
病持ちというハンデはあるが、霊力は抜きん出ていたからだ。

それなりに苦労はしたが、無事霊術院にも入る事ができた。

浮竹の剣の才は抜きん出ていた。しかしながら、肺病を患うその体力は死神を目指す浮竹にとってあまりにも重く圧し掛かっていた。

死神は体力勝負の所が否めない。戦闘が長引けば、肺病の発作が何時出るか分からない浮竹は、時限爆弾を背負っているようなものだ。
浮竹の弱点を知っているライバルたちは当然ながら、浮竹の弱点を突いてくる。
即ち戦いを長引かせて、浮竹の体力を奪おうとしてきた。

だが、そのライバルたちの事を卑怯だとは浮竹は思わなかった。
勝つために、相手を研究し、弱点を突くというのはある意味当然の事だったからだ。
しかし、だからといって其れでよしとする浮竹でもない。

実力では勝っていても、その弱点ゆえに勝負には負ける。
ふがいない自分の肉体を責めても致し方ないと思いつつも、心の何処かでは責めていた。
そんな日が暫らく続いた夏の頃だった。

その日もいたずらに戦いを長引かせられ、体力を大幅に削られてたところを、一本取られた。
剣に秀でる浮竹を前に、まともに剣を合わせようとする者は極端に減っていた。
どの者も何とかして、いい成績を取りたいものだ。
まともに試合っては負ける浮竹に、正々堂々と勝負するという気概を持つ者はあまりに少なかった。

それでも剣の稽古を欠かさぬ浮竹。
外での自主練習である素振りは欠かさない。
普段ならもう少し涼しくなってから行うのだが、その日の浮竹は昼過ぎから剣を振っていた。

急に空気が変わる。辺りが暗くなってくる。夕立の予兆だ。
院生たちは、雨に降られる前に建物の中へと入っていった。
だが、浮竹はそのまま剣を振り続けていた。

やがて豪雨が浮竹の体に叩きつけてきた。
雷の轟音が響く。
それでも、浮竹は無心に剣を振り続けていた。
稲光が浮竹の体を掠めるように光る。
それでも、浮竹は稽古を止めようとはしなかった。

雷が自分に当るかも知れないとは思っていた。
だが、当ってもいいとさえ思っていた。
今この時が、俺にとって試練の時なのだ。ここで雷に打たれて息絶えるというのであれば、それが俺の宿命なのだろう、不思議と冷めた頭で浮竹は考えていた。

衣服は雨に濡れ、体に纏わり付き動きにくい。しかし自分の好きな雷と共に稽古をしている状況は、何故か浮竹の心身を高揚させていた。

『俺の病は治らないという。何時この病が俺の命を持っていくかもしれない。
だが、それならば仕方がない。それが俺の運命なのだ。
短い命というならば、せめてこの俺の一瞬の煌きをこの太刀に託そう。
・・そう、この雷光のように。

この太刀筋こそが、俺を表すものとなるように。

俺も・・この雷光の如き剣となれたら・・!』と思ったその時だ。
剣を振り下ろした目の前の木に、雷が落ちた。
バリバリという生木を引き裂く音と共に、蒼き炎が立ち上るのを見る。

半ば呆然とその様子を剣を留め、眺める浮竹。
そして、その次には何かを悟ったかの様な晴れやかな表情を見せる。

「・・・せいっ・・!!!」
掛け声と共に一閃した刀は確かに蒼き光を放ち・・・二つに裂かれた目の前の木を根元から両断した。


その後、自室に戻った浮竹は、熱を出して3日間の学院を休むことになる。
そして、熱が引き学院へ戻ってきた最初の剣の実技のことだ。

剣の実力がありながら、まともに浮竹と試合おうとしない院生が相手だった。
何時ものように、長引かせて体力を削ろうとする相手に、浮竹は無防備とも思える様子で近寄っていった。何時もと違う様子に、異変を感じた相手が構えたその時だ。
チンという金属音がした。浮竹の手は鞘に収まった刀のつばを押さえたままだ。
だが、次の瞬間相手の刀は上から3分の2のところから両断され、切断された刀の刃の部分がゆっくり地面に落ちていくのを、信じられないといった顔で相手の院生は見送った。

後にその院生は、友人に浮竹の手元から青い稲妻が見えたと語ったという。


それ以来、浮竹の太刀筋は雷そのものとなった。

夕立の中、剣の稽古を浮竹がしていたのを知る者は、「浮竹の剣に雷神が乗り移ったに違いない」とまことしやかに囁いたと言う。



そして・・・時は移り変わり・・・十三番隊の隊長となり、雨乾堂という離れを構えるようになった今でも、浮竹の雷好きは変わらない。
ただ変わったのは・・・稲光を見るその瞳は、瞑想するかの如く、遠くの何かを見つめるようになった。


その事のみである。

inserted by FC2 system