ラッキーデー(阿散井恋次)

8月31日。


この日は阿散井恋次が密かに楽しみにしている事がある。
元十一番隊に所属し、現在は剣の腕を買われて六番隊の副隊長になった男の、密かに楽しみにしている事は何か。


・・・・それは、好物のタイヤキを、たらふく食う事なのである。

たらふくとはどれくらいかと聞かれれば、行った時にあるタイヤキ在庫は全て買占め、なおかつ2回転焼かせる量の事だ。

買いに行った時にある在庫のタイヤキを食べながら、追加注文のタイヤキが焼きあがるのを待つ。
焼きあがったタイヤキは、紙袋に入れてもらい、道々食べながら帰る。

昨今、タイヤキの中身は進化を遂げ、餡子(あんこ)以外にカスタードだのクリームだの芋餡だのチーズだの、果てはカレーなんていうものまであるらしいが、恋次が好きなのは王道の餡子、しかも粒餡派である。

誕生日だからケーキだろう、とも思えなくもないが、それはひとそれぞれ。

なんせ死神の寿命は長い。
総隊長の寿命は軽く2500年は超えている。
恋次はまだまだ若造どころかひよっ子扱いにされるだろうが、それでも人間の長寿ギネスブックの人よりは遥かに長生きしているのだ。

ちょうど、人間の誕生日が、死神にとっては毎月あるくらいの感覚であろうか。
しかし、年を一つ取るのは確かな事だ。
それで恋次はその日を好物のタイヤキを食べる日と決めているわけである。

その日もなじみの店に、意気揚々と買いに行くと、普段見慣れない張り紙が貼ってあった。
「本日、臨時休業。」

確かに季節はずれではあるが、日曜以外は休まぬはずだが。
主人が体調でも崩したのだろうか・・・。

餡子を手作りして作っている店だ。餡子の粒の感覚と控えた甘さが恋次は好きだった。

「ちっ・・ついてねえな。」
こうなると余計タイヤキが食べたくなるものだ。

恋次は他の店で、ためしに5つほど買ってみた。

しかし・・・

「・・ダメだ・・おれが食いたいのはコレじゃねえ・・。」

もったいないので、片付けたが満足はない。
渋々帰ることにした。

隊へ戻ってみると・・。
六番隊の隊舎から甘い匂いがする。
見知った匂いだ。しかし、六番隊からこの匂いがするのはあまりにも非現実的だった。

匂いの正体とは・・・。


なんと、隊舎に例のタイヤキ屋が出張してきていたのである。

「あ、阿散井さん、お帰りなさい。
さあ!今日は六番隊さんで貸切だ。
じゃんじゃん焼きますから、好きなだけ食べておくんなさいよ?」

「(タイヤキ屋の)オヤジ?!こんなところで何やってんだ?
朽木隊長に知られたら、お前絶対斬られるぞ?!!」

「やだねえ。あっしはその朽木隊長さんから話を受けたんで。
なんか、今日は阿散井さんに、たらふく焼いてくれって仰ってましたよ?
お代はもう、朽木隊長さんから頂いてますし。」

「ええ・!!?朽木隊長が?!!
でも、なんでタイヤキ屋なんだ?!」

自分がタイヤキが好きだなんてことを、白哉に話した事がない恋次は驚いた。

「・・あの・・実は俺が話したんです・・。」
見れば、後輩の理吉だった。理吉は恋次に憧れて死神になった後輩である。
「お前が?一体・・。」
「いや・・物の弾みで朽木隊長に『そういや、8月の終わりは恋次さんの誕生日ですねえ。またタイヤキいっぱい買うんだろうなあ。』って言ってしまって・・。」

「それで?」

「いや、隊長は『そうか。』って仰っただけなんですけど・・・。」
「で?朽木隊長は?」
「今日はもう帰られました。」

恋次はそれで合点がいった。
どうやらあの無口な隊長は、未だにルキアの命を助けるために戦った自分のことに対し、負い目を感じているのだろう。
それで、詫びのつもりで、こんな事をしたに違いない。
何も自分に言わずに帰るところが如何にもあの人らしいではないか。

「しかし・・店ごと持ってくるとはな・・。
全く・・大貴族のやる事は、想像つかねえ。」

しかし、折角の機会だ。大いに楽しませてもらおうじゃねえか。


「オヤジ!じゃ、餡子くれ!他の奴にも食わせていいか?」
「もちろんですよ。在庫がカラになるまで焼きますよ?」
「そう来なくちゃな。」


甘党の死神にとってはこの上ない日となった。


そう、思いがけないラッキーデーである。




なんちゃって。




おまけ。

甘党には大好評のタイヤキ企画だったが、残念ながらその年限りで終わりとなった。
タイヤキの匂いが隊全体に染み付いてしまい、暫く取れずに辛党の隊長にはかなりの苦痛を伴ったからである。
トレードマークの襟巻きは、匂いが取れない期間は隊長のマスク代わりとなったらしい。

そして・・タイヤキの匂いは当然死神の衣服にも染み付いた。
六番隊の隊員とすれ違うと甘い匂いがする。


「・・なんか急にタイヤキ食べたくなった・・。」
「・・あたしも。」

その年タイヤキの売り上げは、過去最高を記録したらしい。


通称「タイヤキ隊」。
匂いが完全に取れぬまでは、六番隊の別称となったようだ。


無口の隊長にはかなりの屈辱となったであろう。

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