老戦神と識者(山本と藍染)

ある日のことだ。
藍染が、総隊長である山本に呼び出された。

藍染は呼び出された用件について、直ぐに分かった。
先日、山本から依頼された、緊急時における隊別の受け持ち範囲を現在よりも自由にすべきかどうかについての報告書についてだろう。

今現在では、ある隊の管轄地において重大な損害があったとしても、隣の隊がフォローに入るには損害のあった隊の副隊長以上の正式要請がなければ、勝手に管轄地に入ることは許されていない。

そこで、重大な事件が起きた場合により迅速な対応をするため、ある一定地域までは事後承認を受けるという意味で立ち入りを許可すべき、との議論があった。

山本はその件について、藍染に調査するよう求めたのだった。

山本の中で、藍染の役割は立案の実行部隊の責任者という位置づけだ。
だが、あくまで参謀ではない。
彼にとっての参謀とは、隊長で言えば浮竹や京楽なのである。

仮に山本を首相と考えれば、官房長官や外務大臣は浮竹や京楽だが、藍染は各省のトップと言った所だろう。
実際に法律を考えるのは、藍染の仕事だが、決して表には出ない。
そしてそれを不服としない便利な存在なのだ。

藍染が人格者と言われているのは、勿論博識と穏やかな性格もあるが、採用されないと分かっている案についても詳細な資料を付け加え、完璧な報告書にし、そして当然の如く没になっても、顔色一つ変えずに穏やかに受け止めることが出来る度量の大きさもある。

藍染は表に出ることを好まない。
そして、穏やかながらも口は堅い。

藍染に相談を持ち込む者が多いのも当然なことと言えた。


さて・・・。
藍染の出した報告書の内容はというと、守備境界線から一定距離で緩衝地帯を作り、異常事態においてのみ、隣接した隊が自己判断で進入することを許可すべきというものだった。

だが、藍染はこの報告書の話を受けたときから、この報告書が没になることを知っている。
その報告を聞きに行くようなものだった。

「おお、来たか、藍染隊長よ。」
「お呼びとお聞きしましたので。」
「実はの・・・先日出してもろうた守備境界についての、報告書なのじゃが・・・。」
「ああ、あれですか。どうなりましたか?」
「おぬしの意見は通らなんだ。すまぬな、藍染。」

藍染の読みは的中した。

「いいえ、御気になさらないでください。
・・で、ちなみに却下された理由はなんでしたか?」
「緩衝地帯なぞを作ると、そこを守備するものに心の緩みがおきかねぬという理由でのう。」
「・・なるほど。確かにその通りかもしれませんね。」
「必要との声もあったのは事実なのじゃが・・・時期早々とのことで、廃案になったのじゃ。」
「仕方のないことです。ご報告いただきましてありがとうございました。」
「またなにやら頼むことがあると思うが、よろしく頼むぞ。」
「僕に出来ることでしたら、なんなりと。
ではこれで失礼します。」
「うむ。」


部屋を辞した藍染は、全く平静そのものだった。
却下されたと言っていたが、山本が実はまだ上に報告書をあげていないと言うもの知っているし、自分の上げた報告書が却下の原因に使われることも知っている。

山本は、こう四十六室で話すはずだ。
「緩衝地帯なぞを作れば、各隊員の心に甘えが生じ、守護すべきという気構えがおろそかになりかねませぬ!
確かに、有用性についての報告書も挙がっていることは事実。しかしながら最も重要なのは、各隊員の心構えに他なりませぬ!

よって、無理に変更を今する必要は無いかと考える次第であります。」

山本は、体制や掟の変革を極端に嫌う。
自分が2000年以上もかけて作り上げた現体制に誇りを持っているからだ。
変革の必要を説くことは、山本自身を否定されている気になるのだろう。

山本の功績は、輝かしいものだ。
藍染は素直にそれを認めている。
しかし、時代の変革の波はあがらいきれるものではないし、山本自身も歴史を作る過程で変革を行ってきた者なのだ。

『・・・だが・・・。
否応なく変わるその時が来るだろう・・。
その時はさしもの山本総隊長といえども防ぎきれないだろうね。』


藍染の真の目的を果たすにはまだあまりにも障害が多い。
まだまだ土台を固める作業が続いている。

より高みを求めて。


そのために今があるのだ。
誰からも信頼される存在であること。
誰からも背中を預けられるような存在であること。

それがそのための条件だ。


最強最古の老闘神。
てこでも動かぬ山本を、自分の意のままに動かすことなど、実は難しいことではない。
彼が最も護ろうとしているものを使えばいいのだから。

「・・・『体制』だ。


『上からの命令』を下せばいい。


総隊長が手の中で躍るのを見るのは愉快だろうね・・。」



だがまだその時ではない。
『穏やかな識者は』あくまで、地味な人格者として。



・・・・『その時』を待つ。






なんちゃって。

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