桜の孤独(朽木 白哉)
自分が「孤独」だと思ったことはなかった。
無論、孤独の意味は知っている。
「頼りになるものや心の通い合う物が無く、一人ぼっちな様子」だ。
しかし、生まれた時から、四大貴族たる朽木家の次期当主として、教育を受けた私に、孤独という言葉などは無縁だ。
朽木家の当主が、己以外のものを頼りにするなぞ、許されるはずも無い。
心を通わせあうということは、相手に己の心境を悟らせることだ。
朽木家の当主の心境など、他のものに悟らせるわけには決してならぬ。
『超越した絶対の存在となれ。それがお前の責務である。』
そして、その言葉通りに私は過ごしてきた。
その状態を客観的に孤独というのなら、孤独というのかも知れぬ。
・・・いや。知らなかったのだ。
私は・・・孤独の本当の『意味』を・・・・。
緋真・・・。お前を亡くすまでは。
緋真が病により他界し、葬儀を執り行うときも私は何も変わらなかった。
顔色一つ変えずに、当主の妻にふさわしい葬儀を手配し、厳粛に執り行った。
「顔色一つ変えてないぜ。自分の嫁さんが死んじまったっていうのに。」
「あれだろ?貴族でも無いのに無理に嫁さんにしたんだろ?それであれかよ。やっぱ、四大貴族ともなると頭の中まで違ってくるのかねえ。」
「人の心なんて持っちゃいないさ。無理に嫁にしたっていうのも、ただの気まぐれなんだよ。おもちゃが一つ壊れたくらいにしか、思っていないんじゃねえ?」
・・・・。なんとでも言うがよい。
貴様らごときに私の気持ちなどは分かるまい。
式を執り行い、私室に戻る。
だが、何か奇妙な感じを覚えた。
そうだ。最早この部屋には緋真はいないのだ。
・・・・家に戻ると真っ先に緋真の寝ていた部屋に向かっていた。
私はそのことにはじめて気が付いたのだった。
次の日も、そしてまた次の日も、外から帰ると自然に足は緋真のいた部屋に向かっていた。
習慣とは恐ろしいものだ。
そんな日が、5日、6日と続く。
7日目の夜。所要で外から帰った私を、最古参の爺が声をかけてきた。
「白哉様。大変お疲れのようでございますが、大丈夫でございますか?」
「心配ない。爺も今日はもう休め。」
「はい・・・。なにかこの爺めにできることがありましたら、何なりとお申し付けください。」
「うむ。」
そして、また気が付けば、緋真の部屋にいた。
『・・・白哉様。あの・・大変お疲れのようでございますが、大丈夫でございますか?』
緋真は病の身でありながら、必ず起きて私を出迎えようとしていた。
己のほうが病であるにもかかわらず、常に私のことを気遣っていた。
「そういえば・・・私の顔色のことを言うのは、爺と緋真・・・お前だけだったな。」
思わず声が出ていた。ひとり言など愚か者の所業だと思っていた。
それを私がするとは。
無論問いかけに答えは無い。
・・そうか。
これが「孤独」というものなのか。
緋真・・・。お前にはいろいろなことを教えてもらった・・。
人として持つべき感情を。
それまで私が学んでこなかったものを。
激情。優しさ。愛おしさ。献身。愛。
・・・そして「孤独」を。
知らずともよい、という者もあろう。
だが、緋真。なによりお前がくれたものだ。
ならば、懐にしまうのみ。
・・・・・大切に。
なんちゃって。