桜の王(朽木白哉)

その昔・・・「日出づる国」と自らを呼んだ国において、最も人々に愛される花は桜だ。


その国花とされるのは、象徴である天皇を意味する「菊」そして庶民に愛されている「桜」の二つ。

桜が開花していくスピードを桜前線と呼び、その前線を追って旅する者も意外に多いという。


それほどまでに愛されているにもかかわらず、屋敷の庭に桜を植える家は少ない。

・・・何故か。

それは、桜という木の扱いの難しさにある。

桜は虫がつき易い木だ。
それゆえ、家の傍に桜を植えると、家にまで虫が来ると敬遠されることが多い。
そして、桜は枝を切ることができない。
折れた枝から虫が入り、やがては腐ってしまうからだ。

限られた敷地において、枝を伸び放題にさせねばならぬ桜は、その意味でも庭に植えるには不向きなのだ。
それゆえ、桜は川べりなど人の住まうところより少し離れたところに植えられることが多いのだ。

それでも・・・・

人々は桜を植える。1本でも多く。

桜は春の象徴。


・・・・出会いと別れの象徴なのだ。




尸魂界。


・・・・ここでも桜は愛されている。

6月も半ばの頃だ。

尸魂界における一番標高が高いとされている山において妖怪が出るとの噂が出る。
その真相を探るべく、六番隊に命が下った。

それに当たったのが、六番隊隊長、朽木白哉。副官の阿散井恋次を連れての任務である。
任務地は遠方だ。
最も移動速度が速いと言う理由で白哉は自ら当たることとなった。

妖怪が出ると言われる場所は標高の高い場所だ。
山のふもとでは蒸し暑い頃合ながら、山の中腹ほどになればまだ涼しいほどの気温だ。
白哉たちが着いたころには夜になっていた。

「夜になっちまいましたね。どうします?朝になるのを待ちますか?」
聞くのは恋次だ。それに対して、白哉は抑揚なくこう言った。

「・・・妖怪というのは夜に出るものと聞く。
時間の無駄だ。このまま行くぞ。」

そして、二人は妖怪が出るとされる場所を探索するとなった。

森の中、いきなり開けた場所に出る。

・・・そこにはなんと、満開の枝垂れ桜の老木が立っていた。

「な・・・・!この時期に桜なんて聞いたこともねえ・・!!」

6月のそれも半ばの桜など、聞いたこともない。
恋次の驚きも無理はない。

白哉は一方静かだった。
静かに巨大な桜の老木を眺めている。

「・・・恋次・・。」
「なんですか?隊長!!」
「もうよい。今日はこのまま帰るがよい。」
「へ?!!」
「妖怪の正体は知れた。もう、人を驚かすことはない。
お前のすることはない。帰るがいい。」
「??しかし!!」
「・・帰れと言っている・・。」

ただならぬ白哉の雰囲気を感じ、恋次もしぶしぶそれに応じる。
そして、恋次の姿はなくなった。


それを背中で察すると、白哉は静かに桜のほうへと歩み寄る。
そして、手甲をつけた右手が幹へと伸ばされた。
幹へ触れ、目を閉じる。


「・・・なるほど。」
そして白哉は満開の花をつけている枝のほうへ目線を上げた。

地面には桜の花びらは1枚もない。
いくら満開とはいえ、花びら一つ落としていないのは明らかに異常だった。

「・・・待っていたのか・・・私を。」
桜は何も答えない。ただ静かに花を揺らしている。

「ずいぶん待たせたようだ。
・・・済まぬな・・・気づいてやれずに。」

抑揚のない声に僅かに苦いものが混じる。
そして、幹に手を当てたまま、白哉は尚も語りかける。

「だが・・・見事だ。


お前のその心意気・・・確かにこの朽木白哉が見届けたぞ。」

僅かに上がる口角。

「・・・・この姿を見せたかったのか。


・・・よかろう・・。私はこのまま去る。

私の記憶には、・・・お前のこの姿が何時までも残ることであろう。


それゆえ・・・・安らかに眠るがよい。」


そしてまた幹から離れる。
桜の全身をその目に焼き付けるかのごとく。


そして、きびすを返し、ゆっくりとその場を去っていった。

「・・・さらばだ・・。


・・・ご苦労であった・・。」


静かにその背が消えるころ・・・。


老木がつけていた満開の桜の花びらが・・・・。


その1枚も遺さず、散っていった・・。


もう、何も思い残すことがないかの様に。


張り巡らされた裸の枝の下には、地面を覆い尽くす桜の花びら。
しかし花が散った後に、新芽の兆しはない。


そして・・・その木には二度と桜の花を見ることはなかった。


ただ・・・ただ静かに大地に還って行くこととなる。



その後、その地域に妖怪が出ると言う話を聞いたことはない。





・・・『桜の王』。


桜を愛し・・・そしてその桜に誰よりも愛される者の称号である。




なんちゃって。

inserted by FC2 system