「桜の下 若竜旅立つ時」

天候に恵まれた3月の末、霊術院の卒業生が証書を片手に門から次々と出てきていた。
彼らは、これからそれぞれの道に別れ、己の技を磨いていくこととなる。

霊術院の玄関から門までの道は桜が両側に植えられてい、折りしも散り際だった。

降りしきる桜の元一人の少年が、舞い散る桜の花びらに目を向けていた。
少年といってもまだ幼いといって良いだろう。
この年齢では普通入学も出来ぬのだが、この少年の手には卒業証書が握られていた。

「桜・・・きれいだね。」
そう言って、少年に声をかけたのは、彼の幼馴染みだ。
雛森桃。彼女も学院の卒業生だった。
「ああ、そうだな。」
桜を見上げたまま、少年、日番谷冬獅郎は幼馴染みに答えた。
「でも、本当に凄いね!日番谷君は。ずっと後から入学したのに私と一緒に卒業しちゃうなんて。」

少年が不意に目の前に降ってきた桜の花びらを指先で掴む。
そしてそのまま手のひらを広げてしばし眺めた後、そのまま手を頭上に挙げ、しげしげと自分の手を見つめた。
普段の少年らしくもない、無邪気とも言えるしぐさに、雛森が問いかけた。
「どうしたの?」
「いや・・・卒業するまであんまでかくならなかったな、と思ってな。」
「それはそうよ。普通の人が6年かかるところを、2年で卒業しちゃったんだもの。」

わずか2年の学院生活ではあったが、少年は驚くべき吸収力で、死神に必要な能力を質、量ともに身につけていった。
まだ、正式ではないが、護廷十三隊でも最初から席次に付く事が既に決定していると、学長からも通知されている。
そのときに言われた言葉が頭をよぎる。

「日番谷よ。おぬしほどの才を持つものは他にはおらぬ。おまけにおまえはまだ、幼いといっても良いほどの年だ。それほど前を急ぐ必要もあるまいに。何をそんなにあせっておる。」
「必要だからです。必要だからこそ強くなりたい。俺は目標を遂げるために必要な努力しかしていません。」
「ある講師からきいたぞ?護りたい者があるそうじゃな。それほど急がねばならぬほど強いのか。」
「優秀らしいですからね。追いつくだけでも大変なもので。」
「そうか・・・。しかしの、日番谷よ。急ぐばかりが道ではないぞ?」

道を急ぎすぎる・・・か。思わず苦笑が漏れた。

俺は雛森に命を助けられたことがある。
雛森とふたりで近くの崖で遊んでいて、背の高い草の影で視界がきかず、足を滑らせて崖に転落しかかった。
落ちていれば、俺の命はなかった。
重力に従って下に落ちようとする俺の手を取ったのが雛森だった。
しかし、俺も雛森も子供だった。雛森が俺をそこから引き上げる力はない。
雛森は何とか俺を引き上げようとしていたが、やはり無理だった。
それどころか、雛森まで俺につられて崖に転落しそうになってきた。
「バカ!!桃!!手を離せ!!お前まで落ちるぞ?!!」
「イヤよ!!絶対離さない!!帰るの、シロちゃんと一緒に絶対帰るの!!」
その瞬間、ズルッと雛森の体が崖側に動く。
「桃!!離せ!!」
「イヤ!!!死んでも離さないから!!」

最早引き上げることも出来なくなった、雛森は必死でそのままの体勢を保つのがやっとだった。
雛森の額から滴り落ちた汗が、、俺の顔にかかったのを未だに覚えている。
心配した家族が助けに来るまでの3時間、雛森はその体勢で耐え抜いた。

助け出された雛森の手のひらは長時間草を握り締めていたため、血で真っ赤だった。そして、長い間無理な体勢を支えた肩は、両方とも脱臼しかかっていた。
俺は、そのとき泣いた。
雛森は「怖かったね、でももう大丈夫!」と言っていたが、怖くて泣いた訳じゃない。自分の無力に泣いたんだ。

『強くなる。雛森を護れるよう、強くなる。』

そのとき俺は自分の魂に誓った。

大きくなるために、時間を早回しすることは残念ながら無理だ。
だが・・・、強くなることは出来る。

急ぐばかりが道じゃない・・・か。
たまには後ろを振り返れ、とでも言いたいのだろうが、残念ながらその暇は無い。
そんな暇があるのなら一歩でも前に進みたい。

振り返らずに進むのは、ガキの特権だ。
もっと前へ、もっと高く。記録なんぞは俺の後ろに出来るもんだ。興味はねえ。
もっと強く。あいつを十分に護れるように。

なんせ、俺は「ガキ」だからな。


護廷十三隊では徹底的な実力社会だ。
どんな奴でも力があれば、上にいける。
学院では、お前に追いつくのが精一杯だった。
だが・・これからは俺が上からお前を護ってやる。

少年の周りを桜が舞う。そして少年は歩き出した。

そして後ろは振り返らない。

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