去る者は業を背負う(四楓院夜一)
「じゃ、忘れ物はありませんか?暫くはもう戻れませんよん?」
わしが喜助と共にソウルソサエティを去る時のことじゃ。
喜助がわしにこう聞いてきた。
・・忘れ物か。忘れ物はない。
残してきた者ならあるがのう。
頭の中をあの『小さい蜂』の顔がふと過ぎりおった。
わしに全幅の信頼と憧憬の念を寄せているあの可愛い蜂のことじゃ。
・・あやつのことじゃ。怒るであろうのう。
何故自分を連れて行かなかったのか、カンカンになって怒るじゃろう。
刑軍は事のほか男女差別が実は激しい、古臭い考え方を未だに引きずるところじゃ。
その中で女子が立身出世を図ることは想像以上に厳しい。
男以上の実力があって初めて認められるという、厳しい世界じゃ。
砕蜂もわしも戦士としての体格に恵まれているわけではない。
むしろ小柄な方じゃろう。
わしはまだ四楓院の金看板があるが、あ奴にはそれも無い。
男共の中で必死になって頑張っておる姿は、いじらしささえ思えたものじゃ。
わしも・・一応女子ゆえの苦労は一通りは味おうた。
ゆえに、あ奴が可愛くてのう。
あ奴も、まるで子犬のごとくわしに懐いたものじゃった。
才もあるゆえ、ゆくゆくは良い戦士になるじゃろう。
だが・・・此度は連れてはいけぬ。
来れば、あ奴は必ず死ぬことになるからじゃ。
ソウルソサエティを去る以上、あらゆる追っ手から身を隠し、時として戦わねばならぬ。
あやつには確かに才はあれど、その実力はまだない。
かといって、潜伏しながら技を鍛えるという、余力は無い。
その上、あ奴はこのわしの為なら、いつでも命を捨てる奴じゃ。
自分が役に立たぬと分かった途端、その身を焼いて、わしの身代わりになろうとするくらいのことは平気でするじゃろう。
だから連れてはいけぬ。
連れてきて死なすくらいなら、置いていくわしを恨んで生きておるほうが余程良い。
・・・あ奴は納得はせぬじゃろうがのう。
酷は承知の上じゃ。
お主に恨まれることも覚悟しておる。
お主の事じゃ、わしを殺そうとまで考えるやも知れぬな。
・・じゃがの?
・・それでよい。
・・・それでよいのじゃ。
生きてわしを恨み、より精進せよ。
いつかお主に会うた時、その怒りをその拳に込めて来るのじゃぞ?
どのくらいお主が恨んでいたか、その強さによって証明すればよい。
わしがの?
その怒りを、その時こそ受け止めてやろう。
存分にぶつけるのじゃぞ?
わしは・・全て受け止めてやるからの?
そのときが何時になるかは、分からぬ。
じゃが、それまで強くなっておけ。
生きて強くなっておくのじゃぞ?
「・・夜一さん?どうかしたんスか?」
「いいや、なんでもない。さて用意は万端整うておるぞ?行くか?」
「ええ。じゃ、行きましょうか。」
現世に開かれる門。
ではのう砕蜂。
・・達者でな。
『・・夜一さま・・。』
・・・風にあ奴の声が聞こえた気がした。
なんちゃって。