整形外科医、阿散井恋次

「何だ?またお前か。年の初めに治してやったばっかだろうが。」
「すんません・・。またやっちゃいました。」
「・・・仕方ねえな。ホラ、じゃ、診せてみろよ。」

基幹病院BLEACH、整形外科・・・そのとある診察室からは、こんな会話がよくなされている。
そんな会話の対象者は、一方は大体がスポーツ選手だ。
そして、もう一方は、恐らく日本で一番体脂肪の少ない整形外科医だろう、阿散井恋次である。

一応に、初診の患者は恋次を見て驚きの表情を浮かべるものだ。
その辺のプロスポーツ選手より医者の方が鍛えられた体をしているのだ。スポーツ選手でも驚くのも無理は無い。
それだけでも、ビビリそうだが、恋次の着ている白衣からはみ出して見える刺青が、驚愕の追い打ちをかける。イヤ、その前に眉まで実は刺青だということに、気がつくのは何割だろうか。

恋次を指名して来る患者は大体が口コミだ。けがをしたスポーツ選手同士の口コミで大体はやってくる。

今日の患者は、前にも肩の故障で恋次の治療を受けた野球選手だった。
一時期、一軍復帰したのだが、不振がやがてやって来て、今はいつの間にかまた故障者リストに入っていた。
前回恋次は、関節治療を施した後、リハビリの内容、そして退院後の筋肉トレーニングまで指導している。
そして、その野球選手が上の着衣を脱いで、上半身を見せた途端、恋次が一言指摘した。

「・・・お前、俺の言った筋トレ、サボってやがったな?」

途端に、裸の肩が飛びあがる。
「そ、そんな事ないですよ!ちゃんと・・」
「ウソつけ。お前の筋肉見りゃわかるんだよ。せいぜい俺の言った内容の半分てところだろ。
必要な筋肉つけずに、他の筋トレで要らん筋肉つけやがって。ただでさえ、痛んでる関節を余計傷めてっだろうが。

野球出来なくなっても知らねえぞ?」

「そ、それは困ります!なんとかしてください!野球さえ出来るようにしてくれれば、後はどこ切ってくれてもいいですから!」
どんな、スポーツ選手も同じ必死さで恋次に頼む。

・・・その真剣な眼が恋次は好きだった。
その世界に身を沈めることを決意したものだけが持つ眼だ。
その眼は、恋次に叫んでいる。

「俺が生きる道は、このスポーツしかないんだ!!
なんでも出来ることがあるなら、やってくれ!!
これで死ねるなら本望だ!!!」

スポーツ選手たちはどの者も、人間の肉体の限界に挑む者たちだ。
限界に挑むと言う事は、己の肉体がその負担に耐え切れず、故障してしまうという危険を常にはらむ。
その危険を知りつつ、自らの限界に挑戦しようと覚悟を決めた者たちだけが、放つ眼差しだ。

『仕方ねえ・・・分かったよ。』


恋次がその眼をまっすぐ見返しながら、ふっと笑う時、恋次の覚悟も決まっている。
野球がまたプロとして出来るところまで、持っていく。
その手伝いを全力でやる。
第一優先は、野球に必要な動きが出来るよう、関節の動きを確保すること。そして痛みを取ること。

恋次は、様々なスポーツ選手がどこの筋肉を使い、どのように関節を動かすのか、自分の体で確かめることが出来る。だからこそ、選手の立場にたった治療を施す事が出来るのだ。
患者が口頭の説明で理解できなければ、自らも上を脱ぎ、どのように腕を動かせばいいのか、そして、鍛えるべき筋肉、そしてそれはどう必要なのかを見せながら説明できるのだ。
難しい、医学用語は分らなくても、選手たちは体を動かす事にかけては一流だ。実際その動きを見せて説明してくれれば、大体は納得がいく。
納得が得られれば、素直に指導に従う。

ただ、焦燥に駆られ、余計なトレーニングを増やしてしまう患者も多い事も事実なのだが・・。
それは、選手の忍耐力にゆだねられている。

一般的に一流と言われる選手も30台に突入すると、更に自らの肉体の衰えとも戦わねばならない。自分の肉体と常に共闘する選手たち。

一瞬でも長く、一瞬でも多くの選手生活を送れるように。

「こりゃ、やっぱメス入れんと難しいな。
このままやってもあと1カ月って所だ。」
「手術すれば、治りますか?」

必死な眼だ。

「球速は8割5分って所だ。
コントロールをもうちょっと上げれば、あと3年はやれる。
リハビリの期間は除いてだ。・・どうする?」

「お願いします!」
即答で頭を下げる患者。その様子を見ながら恋次が力強く言った。
「おう!
あ・・・先に言っとくが俺の出したメニュー以外のことはするなよ。特に肩!
いいな!?サボリもなしだ。俺にウソは通用しねえぜ?
なんせ、体ってのは正直だからな。」
「わかりましたよ・・そんなに言わんで下さい。」
そして、また一人の選手が、またグラウンドに戻るべく走り出した。


・・数ヶ月後。

病院内の職員専用の食堂で、スポーツ新聞を広げる恋次の姿が見受けられた。
食堂で堂々とスポーツ新聞を読むのは恋次だけだ。医者にスポーツ新聞と言う異色の取り合わせだが、不思議と恋次はおかしく見えない。

「・・・何、スポーツ新聞見ながらニヤついてんだ。気持ち悪りぃ。」
声をかけてきたのは、外科の檜佐木修兵だ。この時間に食堂に居る事は珍しい。
「あ、先輩。めずらしいっすね。」
恋次も素直に驚いている。
「ちょっと時間が出来たからな。たまにはまともなもん食わねえと。」
「先輩って、何時も何喰ってるんですか?」
「弁当かパンかな。看護師が用意したもんだ。ま、忘れられればそれまでだ。」
「・・よくそれで持ちますね。」
「そんなことはどうでもいいだろ。・・で?なんかいい事でも載ってたか?」

「ああ、ちゃんと『治ったんだな』って思ってた所なんスよ。
これこれ。」

恋次が指示した記事には、いつかの野球選手の写真が載っていた。
見出しは『復帰後、見事な勝利!!』の文字。

・・・恋次は、退院することを治ったとは言わない。


復帰後活躍するのを見届けて、初めて『治った』と言うのだった。




なんちゃって。


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