死神の感情(藍染と朽木白哉)
白哉が、緋真との婚礼を挙げた日。
様々な贈り物の中に、藍染からも届けられたものがある。
護廷十三隊からも、一応祝いの品が届いていたが、個人として祝いの品を贈ったものは実はそう多くない。
正一位の貴族の婚姻としては異例のことだ。
その理由は簡単だ。
この婚姻が、本来の掟に背くものだからである。
貴族でもない、しかも犬吊出身のような卑しい出自の女が、四大貴族の当主の妻になるのだ。
貴族以外の者との婚姻を禁じる、貴族の掟からはこれ以上ないほど背いた婚姻であった。
それゆえ、表立って祝福するものは少なく、護廷一三隊の隊長からも個人として祝いを贈ったのは、藍染のほかは浮竹と京楽のみだった。
藍染が贈ったのは、すっきりとした飲み口の白酒と、赤米で出来た珍しい赤酒だった。
その酒瓶2本を、白と藍の2枚の風呂敷で包んでいる。
婚姻に藍色など、場違いにも思えるが、見事な等分の白との対比で格調高く調和している。
その代わり、酒を紅白にしたわけだ。
白哉は藍染から祝いの品が届いたことに、少しばかり意外に思った。
藍染は人格者として認識しているが、個人的に祝いをもらうほど交流が深いわけではない。
何かと世話を焼いてくる浮竹や上流貴族の京楽はまだしも、藍染とは挨拶を交わす程度に他ならない。
婚姻後、隊に出仕した白哉は、五番隊の隊舎へ向かった。
礼を述べるためだ。
「・・・六番隊の朽木だ。藍染はいるか?」
藍染は執務室で書類を片付けているようだった。
「やあ。朽木くん。
この度は本当におめでとう。もう出仕したんだね。もう少し休むかと思っていたんだが。」
突然の訪問にもかかわらず、相変わらず穏やかに対応してくる。
「・・・先日は、結構なものを頂戴した。
今日はその礼を言いにきたのだ。」
「それはご丁寧に。どうか、中に入ってくれないか。
お茶だけでも飲んでいってくれ。」
普段ならば、礼を言って立ち去る白哉だが、流石に今回はそうもいかぬ。
素直に勧められた席に着いた。
やがて、隊の者が茶と菓子を運んでくる。
「少し急な話だったが、本当によかったね。」
屈託なく、自分の婚姻に祝福の言葉をかける藍染に、白哉は疑問に思った。
「兄は・・・異を唱えぬのか?」
「何をだい?」
「私の・・この度の婚姻にだ。」
「ああ、貴族の掟に反しているというからかな?
僕は、賛成だよ。
そして、真に君の婚姻を喜ばしいと思っている。
僕は貴族ではないからね。相手が貴族かどうかは大した問題ではないと考えている。
無論、君たち貴族の間では大問題なのだろうが・・。」
「何故だ。我々は掟を護る側にある。それを私は破ったのだぞ?」
「掟か・・・。
朽木君。僕は掟とは人を護るためにあるものだと思う。
そして、我々は確かにその掟を護る側の者だ。
あくまで掟とは人のためにある。
我々は人を護るためにあり、そのための掟を護っているんじゃないかな。
だから、君がその掟を破ってまで、妻としたいと思える女性が出来たことを本当に喜ばしいと思うんだ。
我々は時として人としての感情を捨て、任務をしなければならない時がある。
だけれど、それは最終的にはより多くの人のためだ。
だからこそ、人を大事に思える気持ちは必要だと思うんだよ。」
「死神に情など必要ではないはずだ。」
「僕はそうは思わない。
掟は人を護り、我々死神はその掟を護る。
それだからこそ、誰かを護りたいという気持ちはより強い力になると僕は思う。
冷徹な判断力も重要だ。でもそれと同じくらい、情の部分も僕は重要だと思う。
もっとも・・・山本総隊長には叱られそうだがね。」
「・・・だが私が掟を破ったことには変わりはない。
これは私の生涯背負う業となるだろう。」
「そうじゃない。君は完璧だったと思うよ。
貴族として、模範とあるべき君の姿勢は、賛辞に値する。
君は情の部分を極限まで抑えていたと僕は思う。
・・・だけどね。そう簡単に人の気持ちを捨て去ることなど出来ないよ。
どんなに抑えていたとしても、感情は人である以上は存在する。
それは自然なことだと僕は思うよ?」
「・・そうか。」
「話が長くなってしまったね。何はともあれおめでとう。
ああ。やはり今の君のほうが僕は好きだな。」
「・・・何がだ。」
「目の輝きが違う。君はますますこれから素晴らしい死神になるだろうね。」
「兄には・・おらぬのか?」
「特別に護りたいと思える人かい?
残念ながら、まだだ。
君に先を越されてしまったね。」
にこりと笑って藍染が言う。
「・・邪魔をした。」
席を立つ白哉。
「兄がもし、婚姻を結ぶ日が来れば・・・今度は私から何か贈らせてほしい。」
「ありがとう。楽しみにしているよ。」
そして、部屋から白哉は出て行った。
藍染は閉じられた扉に、一言声をかける。
「・・・お幸せに。朽木君。」
『・・・そう。そう簡単に感情を捨てられるものではない。
だから、人とは興味深いのだ。
感情があるゆえに人は悩み、
・・・そして、輝くものなんだよ。』
朽木白哉は、それ以降さらに完璧な模範となった。
藍染とは変わらずあまり話すことはなかった。
白哉が妻を迎えて、変わったことがある。
それは部下に対してだ。
変わらず厳しいものの、その言動の端端にわずかな思いやりが垣間見られるようになった。
仕事で見せる、白哉の僅かな死神としての感情の欠片だった。
なんちゃって。