白鷺の翼(朽木ルキア)

真央霊術院・・・。

ある教室において、なにやらヒソヒソ話が聞こえている・・。


「・ねえ・・・。あの子でしょ・・?朽木家に今度養女になったって・・。」
「そうそう。なんか、死んだ奥さんに似てるからって、養子になったらしいよ?」
「ええ〜〜〜?!!それって、奥さんの代わりなワケ?!」
「あたし、絶対やだ〜〜!」
「しっ。声大きいってば。聞こえるじゃん。」
「でも〜〜、朽木家に入れるんだったら、あたしいいかも〜〜。だって贅沢し放題でしょ〜〜?」
「たしかにね〜〜。ま、あの子も上手くやったってことかな。」
「あんな顔して、裏で何やってるんだか。」
「決まってんじゃない。『死んだ奥さんの代わり』でしょ?」
「サイテー!!だったらこんな所辞めちゃえばいいのに。」


・・・これ見よがしに、聞こえてくる中傷の話。

ルキアは人付き合いが苦手だ。
人見知りの激しい彼女は、友達を作るのに時間がかかる。
決して、ルキアの本質に問題があるためではない。

ただ・・・その心を開くのに、他人に比べて少しばかり時間がかかるだけなのだ・・。


当たり障りのない話や意味のない笑顔。
早く『友達』を作るためには欠かせないものだ。

しかしルキアはそれがウソだと知っている。
ウソであるのにそうすることに意味はない。
真の人間関係とは、ウソで始まるものではない。
そう思った彼女は、それを使うことはなかった。

だが周りは違う。
入学当初は皆が不安に思っている。
自分は上手くやっていけるのか、友達はできるのか。
皆孤独だ。だから少しでも早く孤独から逃れるために、『友達』を作ろうとする。

「当たり障りのない話や意味のない笑顔。」

・・・これらを駆使して。



入学して1ヶ月。


気づけば、ルキアはクラスにおいてただ一人孤立していた。
それでも、昼ごはんを一緒に食べようと誘ってくれる女生徒がいた。
引っ込み思案で、その女生徒も友達がいないタイプだ。
相当の勇気でルキアに声をかけたに違いない。
一緒に昼飯を食べるだけだ。会話もほとんどない。
それでも一人で食べるよりは、昼飯が旨く思えたルキアである。


しかし・・。
朽木家の養子の話は、そんなささやかな時間も奪う結果となった。


ルキアが養子になって以来、その女生徒もルキアのことを誘わなくなった。
不思議に思ったルキアが、その女生徒に尋ねてみると、こう答えた。

「ルキアちゃん・・・もう、私とは身分が違うし・・・。
だって大貴族だから・・・。私じゃなくって、貴族の人と一緒に食べたほうがいいよ。

他のクラスの貴族の人にも言われたし・・・。私みたいな平民と友達だと、貴族の権威が下がるんだって・・・。

だから、ゴメン。・・・もう一緒に食べられないの・・。」

ルキアは何も言わなかった。
ただ、「そうか。」と答えただけだ。

そして、ルキアはまた一人になった。


「朽木さん。私たちと一緒にお昼をいかが?」
次にルキアを誘ってきたのは、中の上といった階級の貴族の女生徒たちだった。
突然の誘いに戸惑うルキア。
当然だ。このグループは選民意識が強く、貴族以外とはろくに口をきかないことで有名だったのだから。

「朽木さんとは一度、お話をしてみたかったの。
どうか、お話を聞かせてくださらない?」
「是非仲良くしていただきたいわ。」
「私にも是非お話を。」

確かに、自分は貴族の一員になってはいる。
しかし、これほどまでに態度が変わるとは・・。

「いや・・・私は・・」
「そう仰らずに。ねえ?」
「そうよそうよ。」

無理やりに近い状態で、席に座らされる。
「じゃ、いただきましょうか。」

仕方なく、そのまま昼食を食べようと思ったルキア。
緊張しているため、喉が渇く。
そして、最初に茶の入った湯飲みに手を伸ばした。
「あ・・・。」
その時、中の女生徒の一人が声を上げた。
「な、なんだ?」
あわてるルキア。するとリーダー格の女生徒が声を上げた女生徒に、横目で厳しく目配せをした後、にっこり笑ってこういった。
「なんでもなくってよ?さ、いただきましょう。」

そして、ルキアに朽木家の様子などを聞いたりしながら、昼食が終わった。


そのグループに無理やり昼飯を同席させられるようになって、3日後のこと。

鬼道の実習で後片付けの当番だったルキアはとうとう聞いてしまった。
このグループの話を。


「ほ〜〜んと。あの朽木家に養子になったっていうか、どんな子かと思えば、全然大したことないわね。」
「もう私、あのお昼ご飯の食べ方を見て笑いを堪えるのに、何時も一苦労よ。」
「ああ!私も!!行儀作法も何もないわね。見た?必ず最初にお茶を飲むのよね?!!」
「そうそう。箸の置き方もなってないし。」

「あら、それは仕方がないわよ。だって、もとは犬吊出身だもの。所詮獣と同じだわ。」
「ええ?!!犬吊出身なの?!!やだ、最低じゃない!!、なんで仲間に入れてあげるの?」

「それは、今あの子によくしてあげたら、ゆくゆくは朽木家とも懇意に出来るでしょ?
本人は獣でも、飼っている家はあの朽木家なのよ?

・・・・仲良くしておいて損はないわ。」
「さすがね!」
「・・・当然よ。これくらい。」


ルキアは驚かなかった。
何故なら、心のどこかで予測していたからだ。
残されたのは悲しみではなく、孤独だった。


ただ・・・孤独のみ・・・。


平民出身の生徒からは、最早身分が違うと遠ざけられ、貴族出身の者からは、こんな作法も知らぬのかと馬鹿にされる。


養子縁組は確かに戸籍上の家族と経済的な後ろ盾をもたらした。
しかし、同時にルキアから何かを奪ったもの事実だろう。

ルキアは更に孤立していった。
開かれにくい心の扉は、固く閉じられ、更に鍵をかけられる。


学院の中で心の扉が僅かでも開かれるのは、同郷の恋次とたまに話す時くらいのものだった。


そうして、時は過ぎていった。


「いつか・・・私の事情など何も知らぬ所に行きたいものだな・・。」
一人呟くその言葉を、聞く者は誰も居ない。

・・・独り。

いつも独りだった・・。

責任感はあるほうだ。朽木の名に恥じぬよう、必死で鍛錬をしてきた。
しかし、同郷でありながら、恋次は最も優秀なクラスで活躍しているにもかかわらず、自分は努力してもそこには行けない。

・・不甲斐ない自分。
自信の持てない自分。

「・・・蝙蝠だな・・私は・・。
・・・鳥でもなく、かといって獣でもない。」


否、気づいていないのだ。
己に潜む力を。

孤独の闇の中でも、ルキアの心は曇らなかった。
常に真実を見据え、現実から目をそらさない。


不安なときに・・最も大きな力を持つ朽木の名を借りないこと。
これが、どれほど難しいことであることか・・。

凛とした姿・・・それこそが、ルキアの強さであり美しさなのだ。


雨の中、ただ一羽佇む白鷺。


何故かルキアはそんな情景を思い起こさせる。


渡りをするほど強靭な羽ではない。
しかし、世俗の中で白い羽を保つ白鷺。


鷲や鷹のように、獲物を狙う為でもなく、鶴や白鳥のように、大空を旅する為でもなく。
力強さでは敵わぬかも知れぬ。

だが、凛とした力強さ。


その白い翼が広げられるのは、もう少し先のことだ。


奇しくも希望していた現世での任務がその端緒となる。


そして現在。

変わらず人付き合いはヘタだ。
女性にしては、固い口調で十分に表現できないことも多い。

だが・・・自分の考えを自分の言葉で伝えようとするルキアが居る。

そこには・・・


伏し目がちだった、あの頃の姿はない。


自分を信じる姿。
自分を信じる力。


それが今のルキアである。




なんちゃって。

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