その手は桑名のゆで卵(雛森とギン)

雛森桃は、期待に胸を膨らませていた。
真央霊術院で、頑張ってきた甲斐あって念願の護廷十三隊の五番隊に入隊出来たのである。
今まではただ雲の上の存在だった藍染惣右介の部下になったのだ。
貧乳だろうがなんだろうが、ここで胸膨らまずしていつ胸が膨らむだろうか。←オイ

しかし、同じ隊になったとはいえ、雛森はペーペーの一兵卒。そして藍染は隊長だ。
会える日は二日に一日も無いだろう。

あの悪夢の現世での実習で、命を藍染に救われてから、数年の年月が経過していた。
しかし、その間雛森が藍染に会う機会が無かったわけではない。
なんと週に一度はあったのである。
それは藍染が、週に一度霊術院の書道特別講師をしていたためであった。

無論藍染はヒマではない。
隊長にもなれば多忙は極まりない筈だ。
それにもかかわらず、霊術院の学習日程に合わせ、藍染はわざわざ平日に休みをとり、尚且つその貴重な休みを霊術院に出向いて、書道教室を開いていたのである。
無論、藍染が任務でその日に出られないこともあり、決められた曜日が前後することは多かったが。

霊術院の院長は流石に、「無理に平日になさらなくとも、日曜でもかまいませぬ。我々に合わせるのではなく、藍染隊長のご都合に合わせてくださればよいのです。なに、院生たちも、藍染隊長の手ほどきを受けられるのであれば、休みだろうが喜んで出てまいりましょう。」と藍染に言っていた。
しかし、藍染は「僕の隊でも、完全に休日というものは無いのです。日曜でも誰かは非番で出てますからね。たいして違いはありません。」と穏やかに答えたという。

無論、雛森は院生時代、選択科目は書道を選択していた。
藍染の教える書道は格段に院生の人気があり、教室に入りきらないほどのものだった。
その中でも雛森はもっとも熱心な生徒だった。
良い席。つまり講壇の前の席を取るために、前の講義が終わるや否や、その時だけは瞬歩で移動した。いや、その時は瞬歩など出来なかったはずなのだが、周りから見れば書道教室への移動スピードはどう見ても瞬歩だったという。
何らかの理由で、講壇の正面の席を他の生徒に取られてしまった時の雛森の落胆ぶりは、次の週まで持ち越されるほどであったという。


ま、それはさておき。

より藍染に近づくためにも頑張らねばと心を新たにしている時に、雛森に声をかけてきた者がいる。
「おや?雛森・・ちゃんやったかなァ?
エライ久しぶりやねえ。」
「あ!市丸副隊長!お久しぶりです!」

藍染の副官である市丸ギンが話しかけてきた。
流石に副官といえど、霊術院へ講師に出かける藍染に付き添う事はしない。
というわけで、ギンと雛森との面会は久方ぶりとなった。

「これからよろしゅうな、雛森ちゃん?」
「こちらこそよろしくお願いします!一生懸命頑張ります!」
ぺこんとお辞儀して言う雛森は初々しさに満ちている。

そんな様子を見て、ギンが何やらよからぬ事を思いついたらしい。

「雛森ちゃんて藍染隊長のファンなんやろ?」
「そんな・・!ファンだなんて・・。あの!あの・・私はその!
ただ憧れてるというかなんていうか・・その・・。」
「そんな照れんでもエエよ。分かっとるから。

そや。エエことおしえてあげよか?」
「いいこと・・ですか?」
「藍染隊長に気に入られたいんやろ?
藍染隊長の好きなモン教えてあげる。」

「好きなもの・・?」
「ちょっと耳貸し?」
「はい・・・?」

そこで雛森に屈みこんで、ギンは耳元でひそひそと話す。
「藍染隊長はなァ・・ゆでたまごが好きなんやで・・?」

そして、ギンは面白そうに雛森の様子を見た。
きょとんとしている。
『藍染とゆでたまごというのが結びつかへんかったかな?
意外にノーリアクションやし。』
と思った瞬間雛森が、けらけらと笑いだした。

「もう〜〜!市丸副隊長ったら〜〜!!ご冗談ばっかり〜〜!!

ゆで卵は藍染隊長の好きな食べ物じゃなくて、嫌いな食べ物じゃないですか〜〜!!」

『・・って、もうチェック済みかいな〜〜!!』

尚もけらけらと笑う雛森。もうそんなことは常識だ。日が西から昇ると言われたような反応である。
「ゴメン、ゴメン。つい冗談言ってもうた。
でも雛森ちゃん、何処で藍染隊長の嫌いな食べ物や知ったん?
・・あァ、そういや書道教室開いてたし、その時にでも聞いたんかな?」

「いいえ?書道教室はただでさえ、希望院生が多かったので、藍染隊長は時間内に指導されるのに追われてらっしゃいましたから、そんな質問をする時間なんてとても・・。」
「ほな何処で?」
「瀞霊廷通信です。」

雛森からは意外な言葉が返ってきた。
瀞霊廷通信は、基本的に死神達に配られる雑誌である。
一院生であった雛森が手に入るような雑誌ではない。

「院生の時に瀞霊廷通信や読めてたの?」
不思議に思ったギンが問う。
「はい。学院宛に毎月届くらしくて、図書室にも一部だけ毎月置かれるんです。
もう、あたしそれが毎月待ち遠しくて、いつも一番に読んでましたから。

ええと、ゆで卵のことは東仙隊長からのインタビューで答えられてたんですよね。たしか、○○○○年の××号でした。←何号にどんな記事があったかまで覚えてる。」

「ス、スゴイなァ・・。よう覚えてるんやねえ。」
「はい!あたし五番隊関連の記事は全部書き写してスクラップしてますから!」←ある意味怖い(笑)

ニッコリ笑って堂々と言い切った雛森に、流石のギンも今回に関しては心の中でキツネの尻尾を丸めることとなったようだ。
そうそうに退散することになったギン。

執務室で仕事をしながら、上官である藍染の様子をうかがう。
無論藍染は今日も穏やかながらも着々と仕事を進めている。

『いつか困らしてみたいんやけどなァ。』
ギンは、かわいい女の子に「これ食べてください!」と言われれば、嫌いなゆで卵でも一つくらいは藍染が食べるのではないかと思っている。
イヤ、やはりあの笑顔で「ありがとう。・・君にはすまないが、僕はゆで卵は嫌いでね。君の心だけ有り難く頂いておくよ。」とかなんとか巧くかわすのだろうか。


「その手は桑名のゆで卵やなァ。」

ぽつりと独り言をもらしたギンに、藍染が「今何か言ったかい?」と聞いてきた。


・・・・無論、ギンは「いや、なんでもないです。スンマセン。」と答えている。



なんちゃって。

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