寸暇の花見(藍染と雛森)

4月は、何処も忙しい時期だ。
新たに人が入り、そして新しき組織として、軌道に乗せるべく誰もがせわしなくしている。

無論、五番隊もその例外ではない。
隊長の藍染惣右介、そして副隊長であり副官の雛森桃が新人を迎えて、毎日忙しく働いていた。

桜は満開を迎えても、行事としての花見はともかく、個人的に花見をする余裕はない。
遠くに咲いた桜の枝にちらりと目を向け、目的地に急ぐ毎日だった。

桜の名所と言われる所には露店が建ち、食べ物や飲み物など花見に欠かせぬ物を売っている。
そして、桜の下には陣取って花見とかこつけた宴会やら、家族づれの花見客でごったがえしている。
通路はそんな、陣取る花見客で狭くなり、その間を人は縫うように歩いていた。


藍染と雛森が、所要からの帰り道、そんな桜の名所と言われる場所の側を通った時のことだ。

「雛森君、ちょっと此処で待っていてくれないか?」
藍染が、雛森に言う。
「はい。」
不思議に思いつつも、従う雛森。

すると、藍染は人込みを縫って何処かへと姿を消した。
しかし、ほんの五分もせずに戻ってきた。

「待たせたね。」
「いえ。」
「じゃ、これ。」

渡されたのは、飲み物の入った容器だ。
藍染もどうやら中身は別のようだが飲み物を持っている。

「藍染隊長。・・これは?」
不思議に思って、藍染を見上げる雛森。
「忙しくて、なかなか花見をする時間も取れないからね。
少し花見をしていこう。」

「お花見ですか?でしたら、何かお弁当とか用意しますけど。」

花見だというのに、飲み物だけでは寂しすぎるのではないか。
そう思って雛森が言う。

「いいや、これで十分だ。・・・少なくとも僕はね。
それに、あまり時間がない。
残念だが、彼らの仲間になる事は出来ないね。」

ちらりを藍染が目を向けたのは、酒が入り桜など見てもいない花見客だ。

「じゃ、よければ飲みなさい。
ああ、君のは甘酒だよ。

あまり、酒は強くないだろう?」

言い当てられて、雛森の頬に桜の色が走る。
藍染は自分の酒の入った器に口をつけた。
しかし、雛森はためらいがあった。
立ったまま、物を食ったり飲んだりしたことがあまりないからだ。

幼い頃、それは行儀が悪いと年寄りたちに諌められてきたせいもある。
その様子をチラリと見て、藍染が言う。

「・・もっともあまり、行儀は良くないがね。

だが、限られた時間で、最も効率よく花見をするのは、僕はこれが一番だと思うんだよ。

弁当を広げるとなると、座らなくてはならなくなるだろう?」

「はい。」
「弁当を食べている間は、大体の者は桜ではなく弁当の方をみているものだ。
おまけに、座る分、桜の花からは遠ざかってしまう。

桜に近い場所で桜を見ながら、ちょっと口を潤すならこれがいいと思っている。
行儀が悪いという欠点はあるが、場所を取らないと言う意味と、短時間になるという点においては、長所と言っていいだろう。

これなら、直ぐに後の花見客に場所を渡せるしね。」

言いつつ、ゆっくり器を傾ける。
藍染は酒は強い。
これくらいの酒量ならば、平常通りにこの後仕事をするだろう。

おずおずと甘酒に口をつける。
温かく、甘い香気。
甘酒はこんなにも美味しいものだったろうか、と思った段階で、雛森が自分が疲れている度合いを知った。
自分が疲れていることすら気付かなかった。

ほうと息をついて、藍染に見習い、桜を見上げる。
綺麗だった。先ほどまではそうも思わなかったのに。
まだ花を開いていない枝、咲き切った枝。
そして、ハラリと落ちてくる薄紅の花びら。

『今まで忙しくしてたけど・・一息つくことで、綺麗な物が見えてくることもあるんだ・・。』

必要なのは、長い時間ではない。ほんの一息つく時間だ。
その一息つくかどうかで、世界は違って見えてくる。
そして、気持も変わってくる。

『藍染隊長って・・ホントに大人の人なんだな・・。』

恐らく自分が疲れている事を、悟って藍染はこの一時を取ったに違いない。
この気配りこそが、藍染なのだ。

「もう、飲み終わったかな?」
「あ、はい!」
「じゃあ、行こうか。」
「はい!」

前を進むは藍染の広い背中。
その背の中央には「五」の文字が染め抜かれている。

『あたし・・本当に藍染隊長の下になれてよかった・・。
本当に・・五番隊に入れて・・あたし・・幸せだな・・・。』


あの背中に付いていこう。
誇りを持って付いていこう。


決意はまた改まる。


・・・甘酒に僅かに残ったアルコールが、雛森の頬と心をほんのりと薄紅に染めていた。




なんちゃって。

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