食卓の風景(日番谷冬獅郎)

・・俺は、ばあちゃんに育てられた。

といっても流魂街の出身だから、本当のばあちゃんじゃねえ。
たまたま流れ着いた先が、ばあちゃんのところだった。
ほんのガキだった俺をばあちゃんは「家族」として育ててくれた。

俺の生まれたところは、里山が広がるような所で、皆がのんびり暮らしていた。
田畑を耕し、贅沢は出来ねえが腹いっぱい食える。
・・・そんなところだった。
霊力のない奴は腹が減らねえが、俺はガキのころから大食漢だった。
それが膨大な霊力を持つためだと知ったのは、もっと後のことだ。

ばあちゃんはそんなこと知らねえ。
でも俺の為に、ちゃんと3度のメシを作ってくれていた。

畑で取れた野菜の煮物に、味噌汁。
大体そんなところだ。

それに俺が川で鯉だの鮒だのを釣り上げれば、それがおかずに付く。

そして裏で飼っていた鶏の卵での卵焼きが夜には必ずといっていいほど付いていた。
・・・・ばあちゃんは煮物は甘辛く煮付けるものの、卵焼きには絶対砂糖を入れなかった。
雛森の家で砂糖が入った卵焼きに感動した俺が、砂糖を入れてくれと何度頼んでも、これだけは頑として譲らなかった。
「砂糖なんて入れると、卵の本来の味が飛んでしまう。こうして食べるのが一番美味しいんだよ?」
そういって、大根の取れる時期は大根おろしを必ず添えて出していた。

毎回ぶうぶう文句をたれながら飯を食う俺。
だが、卵焼きを残したことは一度も無い。
毎回きれいに平らげる俺を見て、ばあちゃんは何故か幸せそうにしていた。

『一度でいいから砂糖を入れた卵焼きを家で食べてみたい。』
その頃のささやかな俺の夢だった。

のどかで平和な毎日の暮らし。
ガキがガキであることを当たり前だと思っていた時代。
俺は正直幸せだったと思う。

そして・・俺はあることを機に死神になることを決意する。
その日が、俺のガキであることへの甘えとの決別の日となった。

腹が減るのは、霊力があるためだ。
しかも、尋常な強さではない。
そう教えられた。

そして、学院への試験を通過し、学院へ入学する時のことだ。
学院は全寮制。
ばあちゃんとは実質離れて生活する事となる。

家を出ようとした俺にばあちゃんが言って聞かせた。
「聞いたよ。新入生の中で一番お前が子供なんだって?
・・・いいかい?お前は恐らく子供であることを、周りの人に色々言われることになるだろう。
だけど、それで怒ったりしちゃあいけないよ?
そこで怒った所でなんにもならないもんさ。

そういう時は相手をしちゃダメだよ?
お前の実力で黙らせておやり。

お前は他の人より人生経験が少ない。
だからより一層自分を鍛えるんだよ?
鍛えることは、体だけじゃあない。心も鍛えなきゃいけない。」

「心を鍛えるってどうするんだ?」

「辛抱するんだよ。つらい時辛抱するんだ。
でもへこたれちゃいけない。そういうのを積み重ねて、強くなるんだよ。
感情に流されそうになった時は、ぐっとお腹に力を入れるんだ。

大丈夫。
お前なら出来る。なんてったってあたしの大事な『孫』だからねえ。」

胸を張って答えるばあちゃん。

そうして、弁当を俺に手渡した。

学院から使わされた、人力車に入り込み、弁当を開く。
そこには梅干の入った握り飯と卵焼きが2種類入っていた。

ひとつはいつもの卵焼きだ。大根おろしも添えてあった。

もう一つは・・・・砂糖の入った卵焼きだった。

あれほど願った砂糖入りの卵焼き。
しかし、俺はそれを旨いと思わなかった。


いつもの・・ばあちゃんの卵焼きのほうがよっぽど旨く思えた。


学院の食堂で最初に驚いたのも卵焼きだ。
砂糖が入っているのにげんなりした。

学院時代は何回か家に帰れたが、隊長に就任してからはほとんど帰れていない。

・・・元気でいるんだろうか。

学院に入って以降、すっかり食い物の好みが和食になってしまった。
野菜の煮物や煮魚。味噌汁みたいなのをいつも頼んでいる気がする。

副隊長の乱菊からは、「若いのに、食べ物の好みが爺むさい。」などといわれている。

全くだ。
家で暮らしていた時は、そんなもの別段旨いと思ったことはねえ。

だが、不思議なもんだな。

味覚を伴う記憶というものは実に鮮明に覚えてやがる。
そして何時までたっても消えねえ。

いや・・・年を追うごとに強くなる。

砂糖無しの卵焼き。
これが、俺の好物になるなんて思わなかった。


舌に残る、食卓の風景。
砂糖無しの卵焼きに文句を言う俺と、それをニコニコしながら見守るばあちゃん。
・・・文句を言うくせに、大根おろしを出させる俺。



・・・俺がガキでいられた頃の風景だ。





なんちゃって。

inserted by FC2 system