旬の味覚(涅マユリ・ネム)

世の中に変わった親子は数あれど、これほど変わった親子も珍しいだろう家庭が涅家だ。

こんな事を言えば、直ぐに、「フン!<涅家>だと?そんな前時代的な呼び方はいい加減止めて欲しいものだネ!」と不機嫌そうな意見が飛んでくるに違いない。
しかし、同じ姓を共用し、本人が親子と言っている以上、普通に言えば、涅マユリの家庭を<涅家>と言うと思われる。

家庭にもよるだろうが、一応年に数回は季節を感じるような催しをしたりするものだが、そんな季節感はこの家には無い。
なにせ、冬寒かろうが、夏暑かろうが年がら年中研究に没頭しているためだ。
ていうか、時間の感覚すら危ういと思われる。
「おや?へんだネ。また11時だ。ずい分研究していたように思えたのだがネ・・先ほど時計を見た時から、15分も進んでいないようだヨ?」←本当は、24時間経ってる。

注)いい加減、お腹がすいたので、時計を見たらしい。

「まあ、いい。それだけ研究が出来ると言う事だからネ!」←いい加減休もうよ・・。
「はい、マユリ様。」←君も同意してんじゃねえ!


注)空腹<研究。ていうか、空腹を忘れている。

そんな、涅家も季節感を感じる時がある。
・・秋だ。

秋と言えばサンマ。
庶民の食卓なら、常識のことなのであるが、何とこの常識、涅家にも当てはまるようだ。
この時期の涅家は1週間のうち6日はサンマを喰っている。
流石にサンマ好きでも、1週間のうち、6日もサンマを喰い、中一日を置いて、また6日サンマ生活を送れば、いい加減イヤになりそうなものだが、この父娘は違っていた。

涅父娘に共通することは、食の意識の希薄さだ。
殆ど、食に関心の無いこの父娘。
恐らく昨日のおかずの内容を聞かれても、どうでもいいことなので覚えていない確率の方が高い。
好きなものなら、<ばっか食べ>なんてことは、イヤでもなんでもないのである。

・・・サンマ・・。

サンマのいいところは、内臓を出さずにそのまんま焼けるところだ。
買ってきて、ちょっと洗って塩を振り、そのまんま焼けて食べられる。
面倒な鱗落としもする必要は無い。

家事などとくだらない用事(笑)に余計な時間をとられたくない涅家にはピッタリの食材だった。
無論、サンマを調達してくるのは娘のネムだ。
マユリは指導監督がかりなので、自分で焼くことなんてしない。

ネムがサンマを持って帰ってくると、マユリのサンマチェックが始まる。

「フン、遅いじゃないか、このウスノロ!
私をどれだけ待たせるきなのかネ!お前は私を待たせてもいいと思っているとでも言うのかネ!」
「申し訳ありません、マユリ様。」
「お前がぐずぐずとしている間に、サンマの鮮度が落ちてしまうヨ!
何をしてるんだネ!早くサンマを出し給えヨ!」

「はい、マユリ様。」

「・・・フン、サンマの目は一応澄んでいるようだネ。」
と、次にマユリ、おもむろにサンマをシッポ側を持ち縦にした。

「・・フン、立てても曲がらない・・。
一応は、鮮度は合格のものを手に入れてきたようだネ。」
「はい、マユリ様。」

そう、本当に新鮮なサンマは縦に持ってもくったりならないのだ。
くったりなればなるほど、鮮度が落ちている証拠である。
日によっては鮮度がいいものが手に入らない時もある。
当然、その時はネムのせいでもないのに、足蹴りでやつあたりをするマユリだ。

「では焼くんだヨ!ちゃんと炭火で焼くんだ、手を抜くと承知しないからネ!」
「はい、マユリ様。」

そこから、家の軒先で七輪でサンマを焼くネムの姿が見受けられる。

・・その日の涅家の食卓。

サンマの塩焼き。辛み大根のおろし添え。←マユリが開発したサンマの為の辛み大根
カブとほうれん草の味噌汁。
たくあん3きれ。
白米。

・・以上。

隊長と副隊長の高給取りの家庭の食卓としては質素だが、ちゃんと料理するだけマシだ。

食卓にはちゃんと二人同時につく。
そして同時に「いただきます。」という。
マユリがちゃんと食事の挨拶をいうのは、ちと意外だが、ヘンな所で律義である。

そして、同時にまずサンマから喰う。←好きなもの優先。(笑)
マユリとネムの持つ2膳の箸が、サンマの背肉と腹肉の隙間を割りさき、まず背肉を綺麗に骨から外す。

・・・まだここでは食べない。←二人とも。

そして、今度は腹肉を丁寧に骨から外す。

・・・ここでもまだ食べない。←二人とも。

そして、おもむろにハラワタ部分に箸をつけ、そのまま口に運ぶ。
(ちなみにオイラはこの年になってもまだ喰えない)
口の中に内臓の苦味が広がる時・・・。

・・・この瞬間、口内で涅家には秋が訪れる。

そして、一度、マユリ印の辛み大根のみを食べ、口の中をサッパリとした後、身の方に箸を伸ばす。

時折気がつけば、味噌汁やご飯に手を伸ばす。
しかし、そのタイミングも手を伸ばす先も見事なシンクロナイズド・テイスティングだ。

会話は一切ない。


そして、この父娘が声を出す時は・・。

「ごちそうさまでした。」


食後の挨拶の時のみである。

温かみの欠片も無い食事風景だが・・・。


この父娘には平穏そのものの瞬間である。





なんちゃって。

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