天への願い(朽木緋真
「・・・神様。
・・・どうか
・・・緋真の最後の願いをお聞きくださいまし・・。」
朽木緋真は貴族の生まれではない。
貴族どころか、犬吊というかなり治安の悪い流魂街の出身だ。
それにもかかわらず、四大貴族の一角をなす朽木家当主、白哉の妻となった。
貴族でないものが四大貴族に輿入れする。
・・・明らかに、掟に背いた婚姻だった。
それをなしえたのは、それまで掟の厳格な守護者であった朽木白哉の働きがあったためだ。
その時既に朽木家の当主となっていた白哉。
当然朽木家の内部はおろか、他の四大貴族からも反対の意見が上がった。
貴族以外の血を四大貴族の中に入れることなど、我ら他の四大貴族の名誉まで汚しかねない愚挙である、と。
それまでの完璧な大貴族としての行動を取っていた白哉を知る者はこう言った。
「朽木白哉は乱心したに違いない。」
当然、白哉を「乱心」させた緋真に対する非難は凄まじいものがあった。
しかし、白哉はその一切の攻撃から緋真を護り通した。
いかに緋真はおろか白哉自身が悪く言われようとも、顔色一つ変えない。
緋真との婚姻以外は、実に淡々と貴族として振舞った。
・・・・緋真は気付いていた。
白哉は何一つ話さなかったが、自分の為に白哉が多大なる犠牲を強いているのか、知っていた。
白哉はそんな素振りなど何も見せない。
しかし見せぬからこそ、事の重大さがひしひしと分かった。
いつも表情は少ないものの、自分に対する深い気遣い。
緋真は嬉しく思うと同時に、白哉に対して申し訳ないと思う気持ちでいっぱいだった。
緋真の生活は実に質素なものだった。
白哉に物をねだることはほとんどしたことが無い。
「何か欲しいものはないか。」との白哉の問いに「これ以上、望むものなどありません。」というのが常だった。
質素といっても犬吊にいた時を考えれば、正しく朽木家の生活は天国のようだというのは真実だろう。
・・・そして・・
・・・緋真が残してきた妹はまだ犬吊にいる。
生きるにも窮する苛酷な土地に、緋真の妹はいるのだ。
残してきた自分はこの天国のようなところで生活し、何の罪も無い妹は地獄のような犬吊にいる。
自責の念は日に日に大きくなる一方だった。
当然、犬吊へも足を運び妹を探す。
しかし、妹の行方はつかめない。
・・・死んでしまったのだろうか。
あの時はまだ赤子だ。
一人で生きられるはずが無い。
・・・なんということを自分はしてしまったのだろうか。
そして妹を護るべき責務を放棄した自分がこのように幸せでいる。
真に責められるべき自分が・・!!
そして白哉様は自分の為にどれほどの苦労をしているだろう。
妹を見捨てた罪深い自分が、白哉様の傍にいてもいいのだろうか。
自分には白哉様の愛を受ける権利など無いのではないか・・?
緋真の中の自責の念は日を追うごとに大きくなり・・・・
やがて緋真の命を縮めていく。
緋真が幸せであればあるほど、緋真の命は縮むという皮肉な状況だった。
・・・そして・・
白哉との婚姻から5年後・・・。
緋真の生命の灯火が消える火がやってきた。
いよいよ危ないと悟った白哉は一切の公務をキャンセルして緋真の傍で付き添った。
緋真を一体何人の医師に診せただろう。
しかし、緋真の命の炎を護る事は出来なかった。
白哉に出来ることは、ただ・・
・・・ただ・・緋真の傍でいる事だけとなってしまった。
・・・最後の時がやってくる。
「・・・白哉様。」
手が白哉の方へ差し出される。その手を優しく・・しかししっかりと握る白哉がいる。
交わされたのは緋真の最後の願いだ。
妹を見つけて欲しい。そして何も伝えず白哉の妹として護って欲しい、と。
「・・必ずかなえよう。緋真、お前の願いならば。」
それを聞き嬉しそうに微笑む緋真。
「最後まで甘えてばかりでごめんなさい・・
白哉様にいただいた愛をお返しできなくてごめんなさい・・・
白哉様と過ごしたこの5年。緋真は夢のようでございました・・・
白哉様・・・・」
『・・ああ・・
・・どうかそんなお顔をなさらないで・・・
緋真は・・・最後まで白哉様を苦しめてしまうのでしょうか・・・
・・神様・・・
あなたに感謝いたします。
この罪深い私に幸せを与えてくださったことを・・
白哉様にお会いできたことを・・・
どうか・・・後一つだけ・・緋真の願いをかなえてくださいませ・・・
この方を・・・この孤独な魂を持つ白哉様に・・・
『妹』という家族をお与えください・・
この方を・・・・お一人にはしないでください・・・
どうか・・・どうか・・・』
消え行く意識。
・・・天は沈黙を守ったままだ。
・・・そして・・・
・・・後に遺された男は・・
・・・愛する女の手を握ったまま僅かに肩を震わせていた。
・・・ただ・・ただ静かに・・。
なんちゃって。