潰えぬ思慕(砕蜂)

・・刑軍統括軍団長のみが座ることを許される椅子がある。
私が何よりも欲していたものだ。
それが今日から私のものとなる。

隠密機動総司令官の座には既についている。
これで・・・あの裏切り者と並んだことになる。

軍団長の座も総司令官の座も、女が就くのは私で2例目だ。
1例目は・・・あの裏切り者・・・四楓院夜一だ。

夜一が失踪してから、当然直ぐに捜索隊が結成された。
それも隠密機動と刑軍の混合部隊という、捜索隊にしては質量共に大掛かりなものだった。
しかしそれはやむをえまい。

なぜなら・・・逃げた裏切り者はその頂点に立っていたのだから。

それにもかかわらず、夜一を発見することは出来なかった。
それから約100年・・・・。
死んだのではないかとの噂も出始めていた。

だが、違う。
あ奴は生きている。
生きて尚、我々をのうのうと欺いている。
私には分かる。あ奴は必ず生きている。

見ていろ・・・私が必ず見つけ出し、貴様の命を奪ってやる。
私を裏切ったことを後悔させて、地に額をこすりつけて詫びさせてやる・・。

裏切り者を処刑するにはその実力が必要だ。
私はこの100年・・貴様を処刑することだけを考えて鍛錬してきた。
そう・・・死に物狂いでな。

そして・・貴様と同じ地位にまで上り詰めた。
夜一・・貴様の座っていた椅子は、今日から全て私のものだ。
そう・・・全てこの私のものなのだ。

今まで別の者がこの椅子に座っているのを見て、我慢がならなかった。
なぜなら・・この椅子は私のみが座っていい椅子だからだ。
ゆっくりと椅子に腰掛ける。
部屋は人払いをかけている。私のほかには誰もいない。
重厚な木の手触り。椅子に張られた皮の僅かに軋む音。
静かに目を閉じる。そして、ゆっくりと目を開く。
そう・・・今日からは私の席なのだ・・・。
なぜか100年前の私が離れたところから見ている気がした。
尊敬の眼差し。
貴様はこの席から・・私をこんな風に眺めていたのか・・?


「お?砕蜂。髪を切ったのか?」
「は、はい・・・。少し雰囲気を変えようかと・・・。あの・・・ヘンでしょうか・・・。」
「いいや?そんなことはないぞ?よう似合うておるぞ。じゃが、なんだかわしの髪型に似ておるのう。まるで実の妹みたいじゃ。」
「そ、そんな、もったいない・・・。」

似ていたのは当然だ。貴様を真似て切ったのだ。
だが、髪質が貴様のようなクセ毛ではないゆえ、どうやっても同じにはならなかった。
しかし・・それでも少しでも貴様に近づけた気がして、嬉しかったものだ。

そう・・あの頃の私は密かな自負があった。
貴様の一番近くにいるのは私だと・・貴様のことを一番理解しているのはこの私だと・・・思っていた。
貴様が何かするときは、必ずこの私を・・・どんなことがあっても連れて行くだろうと・・。

だが違っていた。
貴様は・・・浦原などという男と姿をくらませた。
理由も知らぬ。
そんなそぶりさえ見せなかった。姿を消す数時間前までこの私といたというのにだ。
・・・浦原と貴様が旧知の仲というのは知っていた。
しかし・・・この私をおいていくなど・・・。

それでも数年間は、貴様からの連絡があることを期待していた。
落ち着くまでは私を呼べぬに違いない。
しかしきっと連絡が入る。
『砕蜂・・。すまぬな。遅くなった。今からでも来てくれぬか?』
あの屈託のない笑顔で、仰っていただけるに違いない。
待とう・・・。あの方の連絡はきっとある。
私を連れて行けなかった何かの事情があるのだ。

・・・しかし、その連絡もなかった。

私は完全に取り残されたことを知った。

許さぬ・・・。
許さぬぞ、夜一・・。
必ず・・必ず貴様を倒してやる・・。

髪型を基本的に変えぬのは・・・貴様への恨みを忘れぬためだ・・。
そう・・貴様の座っていた地位にこだわるのもそのためだ。


・・・そして・・・私は夜一と戦った。

夜一の強さは・・・私をはるかに凌駕していた・・・。

髪こそ伸びていたが・・・何も・・何も変わっていなかった。

尊大な態度も・・鬼神のごとき強さも・・・女神のごとき美しさも・・・私を傷つけまいとするその優しさも・・・。

何故だ・・・。
何故私はこれほど嬉しいのか・・・。

貴様を倒すことだけを考え、鍛錬してきた100年間は一体なんだったのだ。

いや・・・嬉しいのだ・・・。
この私がこれほど強くなったにもかかわらず、未だに貴方はそのはるか上におられるということが・・・。
今でも尚・・・尊敬すべき対象であられるということが・・。
何よりも嬉しかったのだ。


聞きたかった事は山ほどある。
聞かせたかった事も山ほどある。


でも・・今は・・・貴方が・・100年経っても、私の知る貴方でおられたということを・・何よりも感謝いたします。



なんちゃって。







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