通夜の夜(一心と竜弦)
・・・激しい雨が降り続いている。
雨音は外の雑音を全てかき消し、家の中には幼い子供たちがすすり泣く音が木霊していた。
3人の子供たちがすがって泣く中心には・・一組の布団が敷かれていた。
布団には一人の女性が横たえられている。
顔には白い布が被せられ・・・豊かに流れる髪は、死者がまだ若かった事を物語っている。
・・・死者の名は、黒崎真咲。
誰にも予想する事のできない、突然の死だった。
真咲は親交が広く、死を悼むために訪れる者は多かった。
土砂降りの中でも足を運ぶ人の多さが、彼女の人柄を察する事ができた。
しかし、夜も8時を過ぎると訪れる者もなく、ただ雨音と・・子供たちの泣き声だけが聞こえていた。
親であり、死者の夫でもあった一心は、固まったように死者の傍で座り込んでいる。
涙はない。しかし、膝の上で握り締めた握りこぶしに、彼の思いが表れていた。
不意に家の前に車が止まる音がする。
暫くして黒崎家に一人の男が訪ねてきた。
応対に出る一心。
扉を開けると、意外な男がそこにはいた。
「・・石田・。」
ダークスーツに黒いネクタイ。
髪や肩先には雨粒が光る。
メガネのフレームの奥には、感情を表さない目が冷たく眼差しを投げかけていた。
「・・・話は聞いた。
焼香したいんだが、いいか?」
「・・ああ。」
子供たちは見慣れぬ男に、顔を上げる。
竜弦は一瞥をくれるだけだ。
そして、焼香の前に正座すると、儀礼的に焼香を済ませた。
「・・顔を見ていくか?」
一心の問いに即座に断りを入れる。
「いや、いい。
それより・・これを。」
袱紗に包んだ香典をこれまた儀礼的に渡し、さっさと立ち上がり帰ろうとした。
「ああ、ありがとう。
忙しいのに済まなかったな。」
「いや、いい。」
玄関の外まで、送ろうとする一心。
たたきのところで、不意に竜弦が一心に問う。
「・・ここで吸ってもかまわないか?」
言いつつポケットからはタバコを出している。
「ああ。かまわない。」
「そうか。」
一本口にくわえ、意外にも一心にもタバコを勧める。
「・・お前も吸うか?」
「・・ああ。」
タバコをくわえた一心に、竜弦は先に火をつける。
ライターの火がなかなか点かない。
ようやく一心のタバコに火がともり、竜弦は自分のタバコに火をつけようとするが、火は点らなかった。
「・・ガス欠か。」
舌打ちする竜弦に、一心が自分のタバコの火を差し出す。
・・やがて、豪雨の闇に二つの紫煙が流れていった。
目を合わせない竜弦が聞く。
「・・後悔しているか?力を失った事を。」
同じく一心も降りしきる雨を見上げたまま答える。
「・・それについては、後悔してねえ。
ただ・・・。」
「ただ?」
「自分が無力だと言う事を恨んでいる。」
「・・下らん。
やはり死神というものは、馬鹿な存在だな。」
「・・・そうかもな。今日は来てくれてすまなかった。」
「・・気が向いただけだ。礼には及ばん。」
そして雨に濡れるのも構わず、車の方へと歩き出す竜弦。
やがて、竜弦の乗るBMWのテールランプが見えなくなるのを、一心は黙って見つめていた。
「能力を封印したこと自体は、後悔してなんかねえさ・・。
どんなだろうが、俺は俺だ。
ただ・・・
真咲を救えなかった・・。
こればっかりは、言い訳なんか出来ねえ。
女房を救うことすら出来ねえ。
・・それが今の俺だ・・。」
・・・・呟く言葉は雨音に消される。
タバコを握り締める手からは、肌を焼く音が聞こえた。
なんちゃって。