雨後の七夕(藍染とギン)
・・・・七夕。
織姫と彦星が年にただ一日会うことを許されている日だ。
この日は、天の川を渡り、2人が出会うとされている。
しかし雨の日には、天の川の水位が上がるため、渡ることが出来ない。
そこで、カササギが何処からとも無く群れを成して飛んできて、二人のために橋を作るのだという。
だが、梅雨の最中にこの日が晴れることは稀だ。
カササギの出動率は相当に高いと思われる。
・・・ある年の七夕。
その日も朝から雨が降り、夜には止みはしたものの、雨雲が空を覆っていた。
どうやら、カササギはまたもや出動しているだろう。
「あ〜〜あ。なんや、七夕いうのに、すっきりせん天気ですなあ。」
五番隊の副隊長、市丸ギンがいかにもつまらなそうに言う。
川沿いの道を隊舎に帰っているようだ。
「今は梅雨だからね。晴れることのほうが珍しいよ。
・・・・しかし、七夕に晴れて欲しいとは、ギンも案外ロマンチストなんだね。」
穏やかに言うのは、五番隊隊長の藍染惣右介。
後ろを歩むギンは空を見上げたままのようだ。
「知りませんでした?ボク結構ロマンチストなんですよ?これでも。」
「色恋にうつつを抜かした挙句、職務を完全に放棄し、厳罰が下るまで状況を把握できなかった彼らの幸福を祈るとは・・何時からそんなにいい子になったんだい?ギン。」
「せやかて、気の毒やありませんか。
たった1日しか会えへんのに、その為に年中必死で働いてはるんやろ?
都合よう使われて、ホンマにお気の毒やし。
その日くらい、すんなり会えてもエエんと違います?」
「晴れだろうが、雨であろうが、どの道会えることには変わらないよ。
その日が、雨であえないとなれば、二人の志気は落ちる。
どこからともなく現れるというカササギは、天帝が手配していることは、想像だに難くない。
僕は同情することは無いと思うがね。」
「そうかもしれませんなあ。
でも、折角雨が上がったんやから、天の川見たいなあ。」
「・・・天の川は無理でも、蛍ならたくさん飛んでいるよ?ご覧。」
藍染の指差した先には、幾百、幾千もの蛍が飛び交っている。
今が盛りなのだろう。
点いたり消えたりを繰り返しながら浮遊する光の群れ。
なんとも幻想的な情景だ。
「・・キレイやなあ。蛍も。
でもやっぱり、天の川も見たかったですわ。」
駄々をこねるギンに、藍染がクスリと笑う。
「・・・仕方の無い子だ。
少し待っておいで。」
言うや、藍染がスラリと斬魄刀を抜く。
すると・・・。
なんと、蛍の群れがギンの頭上、地上3メートルほどのところへ移動し、そこで滞空したのである。
それだけではない。
光の帯のようにまとまっている。
蛍で出来た・・・・『天の川』だ。
ギンの頭上の『天の川』。ひとつひとつの光が揺れ動く様は、まさに壮観だった。
驚いたように眺めるギン。
「凄いですなあ。これ・・・鏡花水月使ってはりますのん?」
完全催眠能力を持つ『鏡花水月』。
ギンに幻影を見せているのか、と暗に問うた訳だ。
「・・・そうだ。しかし、君に使った訳ではないよ?」
藍染の言葉に、頭をかしげるギン。
自分以外の何にその能力を使うというのか?
「僕が『鏡花水月』の能力を使った対象は・・・・蛍だ。」
「・・・・蛍?!!蛍にまで使えますのん?『鏡花水月』って。」
「・・・・そのようだ。蛍にも視覚があるからね。
試してみたんだが・・・どうやら上手くいったようだ。
あまり高く飛べる虫ではないから、この程度の高度にしか出来ないんだが・・。
・・・少しは満足したかい?」
ギンは頭上の『天の川』を眺めたままだ。
「・・・やられましたわ。」
「それはよかった。
・・・そういえば、七夕には願い事を短冊に書いて笹に吊るすという風習があったね。
君なら何を願う?」
「・・・そやなあ。
ほな、『藍染隊長の目的が早よう適いますように。』にしときますわ。」
流石にこれには藍染も驚いたようだ。
「やけに殊勝な願いだね。
・・・・どういう風の吹き回しかな?」
「へんかなあ。
せやかて、其れが一番面ろい事になりそうやん。
ボク退屈なんイヤやし。」
「困った子だ。
僕は君の暇つぶしという訳かな・・?」
「イヤですか?」
「・・いいや?それで構わない。
・・・実に君らしい理由だ。
さて。蛍はあまり飛行能力は高くない。そろそろ催眠を解いてあげないとね。」
そう言うと、藍染は刀を鞘に納める。
その途端、ギンの頭上の蛍が一斉に下に下りてくる。
ギンの周りが無数の蛍に一瞬覆われ、その後ゆっくりと散っていく。
「エエもん見させてもらいましたわ。
ところで・・・藍染隊長は何をお願いしますのん?」
聞かれた藍染がクスリと笑ってこう答えた。
「残念だが・・・神だのみをするよりも、自分でやった方から早いからね。
特には無いな。
・・・そうだね、じゃあ僕も『ギンが退屈しないように。』と願うとしようか。」
「そら、おおきに。」
岐路を歩み始める藍染とギン。
やがて雲が薄くなり、切れ間から星が垣間見える。
しかし、その後二人が空を見上げることはなかった。
なんちゃって。