現に楽土求めたり(藍染惣右介)
・・・習慣とは面白いものだね・・・。
今では就寝前に眼鏡を外し、起床と同時に眼鏡をかけることが普通になってしまったようだ。
・・・かける必要など無いというのにね・・。
・・何時から眼鏡をかけるようになったのか・・。
・・ああ、そうだった。
本当の『僕』を出す事の出来る世界の可能性を確信した時からだったかな?
・・そう・・・『崩玉』の存在を知った時から、僕は眼鏡をかけはじけるようになった。
眼鏡は人が理解しているだろう『藍染惣右介』の象徴だ。
本当の「藍染惣右介」という存在は、眼鏡を外した姿にある。
・・それを認め、真の僕を解放しようと決意するまでには・・死神になってから随分と時が経っていたものだ。
・・・僕は幼い時から『善人』としか思われたことが無い。
それは一つの特異な能力を持っていた為だ。
人の欲する『善』というものを察知し、体現する能力。
それを僕は持っていた。
もちろん、体現してやるには、頭脳と身体的能力も必要だが、それをどう使うかで善人かどうかが決まるようだ。
そして、僕はその与えられた能力を使って年を重ねてきた。
年上の者たちは、礼儀正しく有能だが出過ぎず、彼らを追い越さないように気を使って、敬うような行動を取ることが『善』だと思っているようだった。
同年代の者たちは、優秀な成績にもかかわらず、全くそんな風なそぶりを見せない、少し抜けた所のある行動をとれば、より評価は高い。
年下の者たちからは、怒らず優しく導いて、いざとなれば手を差し伸べてくれるような者が『善』だと思っているようだ。
無論、人の解釈など千差万別だ。
僕のとった行動はその最大公約数に過ぎない。
・・だが・・効果は絶大だったかな。
だから、僕は霊術院の院生だった時、入学時から卒業時にいたるまで二位をキープした。
同期からは万年の二位などと言われたが、それが却って彼らには親近感を持つようだった。
ここまで二位になるのはやろうたって出来ないなどと言われたものだ。
そう・・・意外と難しいものなんだ。
・・・狙って二位になるのはね。
一位になりそうな者の能力と学習速度から見て、獲得得点を計算して、僕の答案の正解率を決めるんだ。
その者の試験当日の体調もあるしね。
全てを計算して、二位になるようにしていた。
僕は善人と誰からも言われ、慕われていたと思う。
そしてそれは今もそうだ。
良好な周囲との関係。
何も問題が無いように見えるのだが、実は重大な問題が一つあった。
その問題とは・・・<彼らが理解している僕と言う存在は、本当の僕ではない>ということだ。
僕が本当の藍染惣右介と言う存在を見せなかったのは、世の中というものがそれを許す環境になかった為だ。
出せば、必ず周囲との摩擦を引き起こし、重大な結果を招くだろう。
そこまでのリスクを負って、真の僕を出すほどでもない。
だが・・つまらなかったのは事実だ。
僕を善人と呼ぶ者たちには悪いが、僕は善人でいることに喜びを感じたことなど唯の一度もなかった。
そして、恐らく真の自分を出す事はあるまい、とも思っていた。
・・崩玉の存在を知るまではね・・。
浦原が作った崩玉の存在は僕の可能性を一気に開くものだった。
死神という力の境界線を取り払う物質。
無限ともいえる、強さへの探求が可能となったのだ。
もはやそこには、今僕がいる世界のくだらない足かせなど無い。
藍染惣右介という存在が・・どこまで高みを極められるのか・・・。
それを試す事が可能となったのだ。
・・・・それから僕は眼鏡をかけるようになった。
眼鏡は人が理解しているだろう『藍染惣右介』の象徴として。
そして、時がくれば・・真の藍染惣右介を必ず解放する決意として。
・・僕が眼鏡を外す時・・その時こそが「僕」が「私」になれる時なのだ・・・。
『夢に楽土、求めたり。』
・・・ずっと探していた。
真の自分を解放する時を・・・
・・そしてそれができる場所を・・・・。
『夢に楽土、求めたり。』
だが、同時にそんな場所は無いと思ってもいた・・。
・・そう、あの時まではね・・・。
だから、皆の願う善人のままでもいいと思っていた。
そんな楽土はこの世には存在しないだろうと思っていたからね。
『夢に楽土、求めたり。』
・・だが、違う。
あるんだよ。この世に。
だが、今は無いよ?
・・何故なら、これから僕が作るのだから。
『夢に楽土、求めたり。』
・・否、現(うつつ)に楽土を作るのだ。
求めるのではなく・・自らね。
・・・・さあ、時間だ。
楽土を作る旅立ちの、ね。
真の藍染惣右介が、これより立つ。
さようなら、死神の諸君。
さようなら、旅禍の少年。
さようなら、尺魂界。
「これからは、私が天に立つ。」
・・・そして、さようなら、『善人、藍染惣右介』。
『・・・・・楽土は夢に求るにあらず。
・・・・・・現(うつつ)に楽土を求むるものなり・・・』
なんちゃって。