分かれ道(有沢竜貴)
「有沢・・・竜貴くん?竜貴くんいる?」
同じ学年の奴らは、「またか」といった感じでクスクス笑っている。
初めてあたしの名前を呼ぶ大人は必ず、「竜貴」が男だと勘違いした。
「・・・はい。」
不機嫌そうに手を上げるあたしを目で捉えた大人たちは「ああ、あなたが竜貴君ね?」と間違いをしている事に気づかない。
「あたし・・女なんですけど・・。」
小学低学年だというのに、このセリフを一体何回言っただろう。
近所のオバサン、めったに会わない親戚たち、果てはスーパーのおばちゃんにまで間違われてきた。
たしかに、あたしは髪型も服装もいわゆる「女らしい」格好をしたことがない。
嫌いだからだ。だって、動けないし。ヒラヒラスカートでサッカーの球は蹴られないでしょ?
髪だって、走れば直ぐに乱れてくる。
長い髪をしていれば、いちいち括り直したりと面倒くさいし。
でも、性別を間違われるのは、やっぱり気持ちのいいことじゃない。
だから、あたしは、自分で名前を書くときは、かならず「たつき」と平仮名で書いていた。
かといって、「男女」とか言われるのは別にイヤじゃなかった。
だって、男よりも女のあたしのほうが強かったから。
・・・・小学校までの頃。
あたしより喧嘩が強い男なんていなかった。
何をやっても、男になんて引けをとらなかったし、なまじな男はあたしに歯向かう事さえできなかった。
そう。あの一護も。
あの一護だって、小学校の事はあたしが守ってやっていた。
あいつの髪にいちゃもんつけてくる奴はあとを絶たなかったし、一護もやり返すほどの力もなかったしね。
・・・・・だからあたしが助けてきた。
男が女よりも強いという常識は、そのころのあたしには通用しなかった。
だから、「男女」とか言われても、ちょっと優越感を感じていたものだ。
「あたしは『男』よりも強いんだから。」
一護は母さんが死んで以来、空手を必死でやるようになった。
どんどん強くなってきた。それでもあたしのほうが強かった。
あまり大きくならないあたしにたいし、一護は夜骨が伸びる音がするんじゃないかっていうくらい、大きくなっていった。
そして、小学校6年の時・・。
あたしは一護に負けた。
・・・・それ以来、一護はあたしと試合わなくなった・・・。
それでも対等でいるつもりだった。
あたしは、「男に守ってもらう女」なんかになりたいわけじゃない。
あたしは「男と一緒に戦える女」になりたかった。
・・・・・・もう背はあんまり伸びなくなってしまったけれど。
織姫は素直で優しくて、人を傷つける事ができない奴だった。
あたしとは正反対だった。
やられたら、即やり返すあたしにたいし、織姫はそうじゃない。
こんな女の子もいるんだな・・・。
あたしがなれなかったし、なることを放棄した、「女の子」としての姿を持つ織姫。
織姫は織姫で、あたしのことを羨ましく思っていたようだった。
性格は正反対だったけど、不思議と気があったあたしたち。
「親友」だと思っていた。それは今でも変らない。
そして・・織姫が突然いなくなった。
何時も気配を感じる事ができていたのに。
どんなに離れていても、織姫の鼓動が聞こえたのに。
いきなり聞こえなくなった。
一護と関係があるのは知っていた。
織姫がいなくなるのは、一護がいなくなる時だからだ。
チャドも石田もそうだろう。
それでも気配は感じられていた。
でも・・・もう何も感じられない・・・。
一護に詰め寄った時。
ダチだと思った一護が、本当に遠い存在なのだと思い知った。
何かと戦っているのは知っていた。
でもあたしにも何時か訳を話してくれて、「一緒に戦ってくれねえ?」と言われるときを待っていた。
でも・・・あたしなんかの出番じゃないんだ・・。
巻き込まないよう、ムリに冷たい言葉を吐く一護。
一人で織姫を助けに行こうとしているのはミエミエだった。
・・そしてそれには、あたしの力なんて何にもならないということも。
・・・・くやしい。
・・・・ちくしょう・・・・!!
・・・・ちくしょう・・・っ!!!
一護の戦いに織姫が巻き込まれたのは分かる。
そして・・・あの織姫も・・戦う現場にいたことを、初めて知ったんだ・・。
あの戦いなんかにむかない織姫が・・・戦っていたなんて・・!!
あたしは知らなかった!
知っていたら止めていた!!
織姫は優しい。戦えば戦うほど、織姫の心は傷つく。・・・そんなの・・許せるかよ・・!!
ちくしょう・・・・。
あたしだけ・・のけ者かよ・・・。
・・・あたしは、ずっとダチと同じ道を歩んでいると信じていた。
織姫も・・一護も・・チャドも・・・。
でも、気がつけば・・・あいつらとは違う分かれ道を進んでいたんだ・・・。
・・どうしてこんなに離れちゃったんだろう・・・。
一緒にいると思っていたのに・・・どうしてこんなに・・・。
進んできた道を振り返れば、またあんたたちに会えるのかな・・・。
でも、気がつけば進んできたはずの道はもう見えない。
・・ねえ・・・一護・・。
あたし、本当になんにもすることがないのかな・・・。
織姫のためにもなんにもすることって・・出来ないのかな・・・。
誰か教えてくれよ・・・頼むから・・・。
あんな顔して、出て行くのを・・じっとしてるしかねえのかな・・・。
気づかずに進んできた分かれ道。
・・・・あたしは、「男と一緒に戦える女」になりたかった。
でも・・本当は知ってる。
空手で女子の部インターハイで準優勝だろうが、どうやったって一護にはもう、キク一発は入れられないって・・。
・・・・くやしいな・・・。
・・・・くやしいよ・・・。
・・・あたしは分かれ道を進んでいるけれど・・・。
でも信じて進むしかない。
またあいつらと・・・道が交差することを信じて・・・・。
・・・・・歩むしかないんだ・・・。
でも分かれ道って・・・やっぱちょっと寂しいね・・・。
なんちゃって。