僅かな確率(浦原喜助)
浦原商店地下の勉強部屋に連なる隠し部屋。
そこには、喜助の研究室が存在する。
真っ暗な部屋にスクリーンだけが煌々と明かりが点っている。
スクリーンに映し出されているのは、複雑な化学式だ。
それは、喜助にしか表せない化学式だ。
しかも、スクリーンに出ているのは、ほんの一部に過ぎない。
その化学式が意味するものは・・・崩玉である。
崩玉に関する研究資料は、喜助が崩玉を封印した際、すべて廃棄されている。
媒体資料として残っているものは一切ない。
では、今何故この化学式がスクリーンに写されているのか。
否・・一か所だけ残されていたのだ。
崩玉に関する、完全な資料が。
・・喜助の脳内に・・・。
崩玉が藍染の手に渡った事を知るやいなや、喜助が最初にした事は、長い間頭の中で封印してきた崩玉に関しての情報を外部媒体に移し替える作業だった。
目的は、崩玉を破壊、もしくは無効化させる研究をするためだ。
そのためには、まず崩玉がどんなものであるのか、知る必要があるのである。
外部媒体に情報を移す理由は、簡単だ。
眼で確認することにより、喜助の持ち味である閃きを上げるためである。
スクリーンに映し出されているのは、崩玉の中核をなす部分だ。
破壊もしくは無効化できる可能性があるとすれば、この部分だと喜助は考えていた。
机に両肘をつき、顔の前で両手の指先だけを合わせて、人差し指に唇を当てるというのが、喜助が真剣に発明に取り掛かっているときの癖だ。
半眼に開かれた眼は鋭い。
そこには、いつもの怠惰な駄菓子屋の商店主の面影はない。
喜助の脳裏には、複雑な数式が物凄い勢いで飛び交っている筈だ。
ふいに、ふうっと一息ついた。
帽子で目元を覆い、椅子に完全に体を預ける。
「・・・なかなか巧くいかないもんスねえ・・。」
喜助は一度、この研究で失敗している。
崩玉を開発した直後に破壊しようと試みたのだが、敵わなかった。
だが、何らかの方法を見つけ出さねばならないのだ。
そしてそれは喜助にしか出来ない。
藍染が攻めてくる冬までに、なんとしてでもその方策を見つけねばならないのだ。
いや・・一刻も早く。
喜助の脳裏に、虚圏に行かせた一護たちの顔がよぎった。
一護たちは崩玉を作ったことに対し、喜助を一度たりとも責めなかった。
喜助が崩玉を作ったばかりに、朽木ルキアは藍染に命を狙われ、そして一護たちは戦いの真っ只中に身を置くことになったのだ。
崩玉さえなかったならば、彼らは一風変わってはいるが、唯の高校生でいられたはずなのだ。
彼らはそのことに対して、喜助を責める権利があると、喜助自身が思っていた。
彼らは被害者だ。
それにもかかわらず、喜助を責めない。一人としてだ。
『言ってもしょうがないから・・という理由なんでしょうけどねぇ・・。』
その彼らは今虚圏に居る。
虚圏への門を開いて欲しいと言われるとは分かっていた。
喜助がその考えに至った時、喜助の脳は彼らが生存して現世へ戻ってくる確率を、冷酷に計算していた。
・・絶望的な数字だった。
それでも行かせた。絶望的な数字にも関わらずだ。
崩玉を作った張本人の自分は、ここにいて、被害者である一護たちは虚圏で死線をかいくぐっている。
『・・・つくづくアタシって言う男は最低な生き物ですねえ・・。』
眼を覆った喜助の口元に自嘲にも似た笑みが浮かぶ。
だが、崩玉はあまりにも危険なものだ。
藍染と戦うにしろ、まず崩玉の力を取り去らなくてはならない。
藍染の事だ。研究が終われば、スペアの崩玉を作ることも考えられる。
そして取り戻す事に成功したとしても同様の悲劇がおこる確率は高い。
崩玉を・・無に帰す方法がなんとしてでも必要なのだ。
・・・だが・・・
正直なところ、今の段階では突破口を見つけ出せていない。
冬までその方策が見つかる目処は経っていない。
・・・喜助は誓っていた。
必ず、見つけ出すと。
僅かな可能性がある限り、それを信じて追い求めるのみだ。
『なんとかしましょう。
・・・・絶対に・・・。』
帽子を元に戻して、また化学式を睨みつける。
必ずある。喜助の勘が、この式に突破口があると告げている。
『・・・黒崎サンたちが生還する確率は確かに低い。
・・でも・・ゼロなんかじゃない。
アタシは以前アナタたちに低い確率を知りながら、尺魂界に行かせました。
そして、アナタたちは立派に応えてくれました。
・・今回も信じてます。
・・いや・・信じさせてください・・・。
・・アナタたちを・・・
・・僅かな確率を。
そして、アタシも戦いますヨン?
・・僅かな確率とね。』
なんちゃって。