膳に添える碧紅葉(朽木白哉)

・・・一〇月のある日。

白哉は運ばれてきた夕餉の膳に、一枚の葉が添えられているのを気がついた。

その日の夕餉の献立は、松茸御飯、焼きなすの擦り流しのみそ椀、子持ち鮎の甘露煮、蓑揚げ芋、戻りガツオの刺身、菊花の酢の物、葡萄の水菓子といったようなものだった。

やはり主役は松茸御飯だろう。
平民の松茸御飯ならば、松茸御飯の素なるものを使ったものが常識だが、四大貴族である朽木家の松茸御飯だ。レベルが違う。

なにせ、米一合に対し、松茸が一本入っている割合だ。←どんだけ〜?(笑)
平民が食べるような、必死で茶碗の中に松茸を探しまくらねばらならぬような事は一切ない。
普通にご飯をすくえば、もれなく厚めに切られた松茸が付いてくる。

恐らく同じものを口にしようとするならば、茶碗一杯の松茸御飯に五〇〇〇環は下らぬ値を払わねばなるまい。
この時期、朽木家の食卓には松茸を筆頭にきのこが多く登場する。
だが、朽木家ではわざわざそのきのこを買うようなことはしない。
何故なら、朽木家は松茸山なるものを所有しているからだ。
それゆえ、天気の良い日は必ずと言っていいほど、その夕餉には朝取ったきのこが顔を出してくるのである。
とりわけ取りたての最高級松茸を使った松茸飯は、お櫃を開ける前からその芳香が味わえる。
更に、給仕係が食べる直前に飯の上に柚子の皮を摺って出す。
誰しも、「はぅ〜〜〜v」とその高貴なる香気に陶然となるところだ。

しかし、白哉はシーズンに何回も食すのでそうでもないが。←まさにどんだけ〜〜?(笑)
それも大貴族ならではと言えよう。

さて、その白哉はと言うと・・主役の松茸御飯よりもたった一枚の木の葉に気を取られていた。
まだ青い紅葉だ。しかし、白哉にとっては晩秋への移り変わりを知らせるしるしとなっていた。


・・・毎年・・・この時期になると料理長は、まだ青い紅葉を一枚だけ庭の木から添えるようになる。
一枚だけだ。しかし、毎日必ず木から取って膳に添える。
まだ青々とした紅葉が青みが徐々に薄まり行くのを、白哉はその日の膳で知る。

そして、紅葉が真紅になった頃・・・。
一枝の紅葉が膳に添えられることになる。
紅葉が見ごろであることを知らせる合図だ。

このような粋な計らいは昔はなされていはいなかった。
あまり食に興味を示さなかった父母の影響もあってか、楽しむための膳というものは出されていなかった。その影響で、白哉も屋敷での食に興味を覚えたという記憶はあまりない。

それを変えたのが、緋真だ。
緋真は食べることは非常に重要で、食を楽しむことは生きることを楽しむことだと考えていた。
それゆえ、料理長に随分とかけあったらしい。
最初は平民出身の緋真が、長年朽木家で料理長を務めてきた自分の仕事に口を挟んでくることに、料理長は非常な不快感を表していたが、緋真の粘り強い説得でとうとう料理長の心を動かす事に成功した。

元々は、料理長も創作意欲あふれる料理人だった。
それがいくら努力しても一向に認めてくれぬ当時の主に、次第にその意欲は薄れ、おざなりになってしまっていたのである。
しかし、緋真はちょっとしたその日の料理長の工夫をちゃんと気付いて、その努力を褒めた。
その積み重ねが、料理長の心を動かす一つの要因になったのは間違いない。

そして何時しか、料理長と緋真が熱心に夕餉について相談し合う姿が多く見受けられるようになった。

まだ青い紅葉の葉を膳に添えるというのも、もともとは緋真の案だった。
任務に追われる白哉に移りゆく季節を感じてほしいと、自ら毎日一枚づつ摘み取り、膳に入れたのがきっかけだ。


・・・その緋真は今はもういない・・・。

緋真の亡き後、その慣習は料理長に引き継がれた。
緋真が鬼籍に入り、半世紀近く経過した今でも、その風習は続いている。

膳の紅葉は、まだ青々そしている。
恐らく明日もそう変わりはしまい。
それでも僅かではあるが、確実に変化していく紅葉。

それはまるで変わりゆく時代の如し。

『されど、私は流されぬ。
この世の移り変わりを見届けよう。

それが、朽木の当主の定命でもある。』


白哉の背筋は、膳に向う時までも若竹のように伸びている。

「ではいただこう。」


右手が箸を取るべく優雅に伸ばされた。





なんちゃって。


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