地獄の択一(石田竜弦)

・・私の父、石田宗弦には夢があった。

<死神と滅却師が助け合い、虚にいち早く対応し、一人でも多くの魂魄を救うこと>だ。

要するに、虚の出現を探知能力の高い滅却師がまず察知及び死神側に連絡、尺魂界からの死神の到着までの時間を、被害が出ないように最小限の対処をするというものだった。

この話を父から聞いた時、私はこう言った。

「・・・バカらしい。虚のことは死神に任せておけばいいんですよ。
少なくとも私は父さんの考え方には反対です。

我々の数はたった二人なんですよ?
全ての虚の初期対応をたった二人でするつもりなんですか?

それに死神であることが職業である奴らに対し、我々に報酬を支払う者は誰もいない。
食って行けないようなボランティアをする趣味は私には無い。

大体、人を救うという事がしたいのならば、別に出来ることが山ほどあるはずです。
それも正当な報酬を貰える仕事がいくらでもね。

私は滅却師などに、興味はありませんよ。」

それを聞いた父は、寂しそうに笑って言ったのを覚えている。
「・・確かにお前の言う事も、一理あるのう。

・・・・ふむ。お前の言う通りかもしれん。」


・・・私にはあることを危惧していた。

絶滅に追い込まれた滅却師。
細々と生き残った我々に。

・・・更なる、危険が起きることを。

息子、雨竜は父によく懐いていた。
父は私とは違い、甘い性格をしている。
現実的な私とは違い、子供である雨竜から見れば父は所謂「正義の人」になるのだろう。

・・・・下らん事だ。

私は雨竜が滅却師になる事を禁じた。
だが、雨竜は私に隠れて父を師匠などと言い、慕い、そして滅却師の修行を続けていた。

父は再三、死神側に共闘の申し出をしていたらしい。
だが、死神側は問答無用でつっ返していたようだ。
それはそうだろう。
父はもう老年に差し掛かっていたし、後継を名乗り出る者もいない。
弟子という雨竜は幼すぎて話にならん筈だ。
そんな滅却師の申し出を死神側が受ける訳がない。

・・・それでいい。
滅却師は滅亡した。
それでいい。いや、それでなくてはならないのだ。

一つの仮説の話をしよう。

昔、滅却師は滅却を中止することを拒否したため、死神側に滅ぼされている。
滅亡したと思われた滅却師が、今度は一転して死神側に協力を申し出てくる。
無論、問題の滅却はしない方向になるだろう。

探知能力は高く、戦闘能力があり、しかしながら滅却だけはしない滅却師と言う存在。

もし、死神側が滅却師を有用だと思えばどうなるか・・・。

恐らく父は考えた事はあるまい。

滅却師に戦闘における先鋒を任せることで、死神側の負担は格段に軽減される。
虚が強ければ強いほど、滅却師への負担は増大する。だが、死神側の負担はそれだけ軽減されることになる。最後の止めだけ死神が刺せばいいのだから。

滅却師は何とも死神側にとって都合のよい存在となりうるのだ。

だが、滅却師の数はあまりに少ない。
では、死神側はどうする?

今度は滅却師の数を増やそうとしてくるだろう。
自分達にとって都合のよい捨て駒として。
捨て駒の数は多いほどいい。
その次には、滅却師を<飼育管理>してこようとしてくる。

我々は<種馬>になり、そしてその子供達を<調教>する係りになり、そして<死神共の盾>として戦う捨て駒として世に送りだすよう、強制されるだろう。
恐らく拒否することはできまい。
逆らうにはあまりに数が違いすぎる。

ならば、どうする?
大人しく死神側の言う事を聞くのか?
希少種として家畜同然の扱いを甘んじるのか?
もし、滅却師の誇りと言うものがあるのなら・・・

・・・我々は自ら命を絶つしか、方法は無くなる。
どの道、我々滅却師は真に絶滅の時を迎えるだろう。



・・・私が滅却師であることを伏せるのは、この為だ。
老年である父一人ならば、この仮説は流石に実行は出来まい。
だが、その息子である私もまた滅却師であるということが奴らに知れれば、この仮説は途端に現実性を帯びてくる。
そうなれば、私はおろか、雨竜の未来は無い。

奴等の事だ、幼いとはいえ雨竜に対しても容赦はない筈だ。
雨竜もまた、死して誇りを守るか、生きて<飼育管理>される希少種となるか、どちらかの択一を迫られるだろう。

・・・冗談じゃない。

・・・私は滅却師の重要性を死神側に知らしめて、滅んで行くようなバカじゃない。


・・・地獄の択一をした事がある・・・。

虚に襲われる父の命を救うか、それとも見捨てるかという選択だ。
誰でも、父の命を救えと言うだろう。当然のことだ。
だが、私はそうはしなかった。

父の命を救うという事は、私が滅却師であることを明かすという事だ。
死神側は滅却師の戦闘能力がどれほどのものなのか、理解していない。
恐らく取るに足らんものだと思っている筈だ。

それが、巨大虚5体をせん滅する能力をたった一人の滅却師が持つとすれば・・・
そして、現に繁殖可能な個体がいるとすれば・・・


・・・・仮説は現実となるだろう。


脳裏に浮かんだのは・・・父の顔と・・雨竜の顔だった。


そして私は・・・父を見捨てる選択をした。

滅却師の探知能力は高い。
父がどういう状況なのか、そして死んで行く様子まで手に取るように分かった。

・・・5体の巨大虚に父をなぶり殺しにされる様子を、私は無表情でやりすごした。


やがて父は、原因不明の重篤患者として私の病院に緊急搬送されてきた。
私は、知らせを聞いて、自らICUに向かった。

・・・もうそんな必要など無いのを知っていてだ。
父は死んでいる。
私のやることは、救急担当の若い医者が心停止を確認し、呼吸と脈が無い事を確認し、時間を確認、その後死亡時刻を読み上げるのを聞くだけなのだから。

雨竜はICUの前で半狂乱になっていた。
私の姿を見るや、白衣に縋って泣きじゃくりながら「お願い!!父さん!!師匠を助けて!!」と喚いてきた。

・・お前も解っているだろう。もう祖父さんは死んだんだ。
解っていながら、尚も私に縋ろうとするその姿に、反吐が出る思いだった。

ICUに入ると、どの医師も看護師も沈痛な面持ちで私を見た。
そして、実の父の搬送であるのにも関わらず、私がまったくの平静である事に一種驚いたようだった。

「容体は?」
救急担当の若い医師が、沈んだ声で答えてくる。
「・・CPA(心肺停止)です。
CPR(心肺蘇生法)も行ったのですが・・」

ちらりと見た、EKG(心電図)は明らかに父の死亡を現していた。

「そうか。
死亡宣告は君がしてくれ。ここは君の持ち場だ。それから雨竜を呼んで来てくれないか。」

看護師に背中を抱かれて雨竜が入ってくる。
・・・無様だな。一人で歩くことも出来ないくらい泣きじゃくるとは。

医師の死亡宣告を聞き届ける。

父の遺体は、異常死体として医師法第21条に基づき、警察署に届出をすることになるだろう。
そして、恐らく検死が行われつつも、原因不明の死として扱われることとなる。

取り急ぎ、安置室に父を移動させるよう指示を出す。。次の患者ためにICUのベッドを開ける必要があるからだ。
安置室で父の遺体にすがって泣く雨竜を残し、院長室へ私は戻る。
葬儀の手配があるからだ。

院長室の扉を後ろ手に閉めた時、先ほど見た父の死に顔が目に浮かんだ。

父は・・・微笑んでいた。

・・何を笑う事がある?
何故、私が助けに来ない事を恨まない。
助ける実力があるにもかかわらず、助けに来ない私を何故責めない・・!

・・・そうだ。私はあなたを見捨てたんですよ?

そんなあなたの死に顔が、微笑んでいていいはずがない。


『・・・分かっとるよ。
お前の言いたい事も、お前のやっていることの意味も・・・。

わしはお前ほど賢いわけじゃないが、お前が何を一番に考えているかくらいは解っておるつもりじゃ。

・・それでいいんじゃよ。竜弦。


・・お前は間違っとらん。間違っとらんよ。
だから、竜弦。お前はお前が正しいと思うことをやりなさい。』


いつか聞いた言葉が思い出された。

・・そうか。父はこの日が来る事を予測していたのか。
私が最終的に何を選ぶか・・・その際自分を見捨てることも知っていたというわけか・・・。

『・・・・それでいいんじゃよ、竜弦。』

うっすらと微笑みを浮かべた父の顔が脳裏から離れない。



「・・何がいいだ。・・・・反吐が出る・・・。」


日の陰る院長室に、私の呟きがこぼれ落ちた。






なんちゃって。

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