持続の守護者(朽木白哉)

・・初冬・・・。

煌々と冬の月が静まり返った屋敷の庭を照らしている。

冷えた空気は、歩む白哉の吐く息を白く染め、感覚を研ぎ澄ませる。

白哉のほかには誰もいない。
孤高の貴族そのままに、ただ一人音もなく歩んでいた。


朽木邸の庭は何代もの当主により作られた、造園技術の粋が集まったものだ。
木を一本植えるにしろ、造園技師たちは趣向を凝らして吟味してきた。

巨木は枝が折れぬよう、添え木が当てられ、流れる小川も定期的に底をさらう庭師の姿が見かけられる。

豊かな水の流れは、そのまま富と名誉の象徴だ。
清水が湧き出る場所を選び、屋敷は作られていた。

何代にも渡り手間隙をかけられ作られてきた朽木の庭は、貴族の歴史そのものといってもいいものだった。

生まれながらに貴族としても頂点に立つ己に対し、平民の中には日々の水を得るために命をかけるものもいる。

だが、白哉は別段自分が恵まれていると考えたことはない。

人は生まれながらに、授けられた資質というものがあり、それにふさわしいように生きねばならぬ。そして、資質に応じた責務があるのだ。


そして、白哉はその責務を、「体制が、持続するべく護りぬく事」と教えられた。

現体制に問題点があることは白哉も知っている。
知った上で、その責務を果たすことを心に決めていた。

真の美とは持続の中にある。

変化することはたやすい。
時とともに必要とされるもの・・そして人々の興味は移ろい行く。
新しきものは常に、人々の関心を集め、人は新しきものを追い求める。


・・・しかし・・・・
・・・真の価値あるものとは・・・


普遍であることなのだ。


旧き物が価値あるものとして珍重されるのは、持続することが難しいと皆が知っているからだ。
護りに護り抜いた伝統も、実は簡単に壊れてしまう。
そして、二度と同じものは作ることは出来ない。

庭の小道を進めば、左手は落ち葉ひとつ落ちてはおらぬように、綺麗に掃き清められているのに対し、右手は紅い紅葉が地面を覆う。
小道以外に人の足跡は一切無い。

『・・・あの男は・・この庭を見ても何も思わぬであろうな・・。』

頭を過ぎるは、人間の少年だ。
己の信じる道のためならば、すべての物をなぎ倒して進む者。

白哉が守り通している物も、あの男は「なんでこんなめんどくせーもん作ってんだ?」といって、土足で通っていくだろう。
己とは真逆の存在だ。恐らくこの後も相容れることはあるまい。


・・しかし憎めぬ存在でもある。


持続を護るということは、己にいくつもの枷をつけることに他ならない。
煩わしく思うときもないではない。
あの少年の自由奔放さが、眩しく見える事がある。

・・一護と戦い・・白哉は己が変わったことを知っていた。
僅かな変革も許さないとしていた己が、裁量の範囲内での変革を認めるようになっていることに。


それが危険であることも知っていた。
僅かな変革の積み重ねが、己が守り通してきた持続を脅かす可能性もあるということを。


ふと、新しく植えられた紅葉の木に目が止まる。
前には柳の木が植わっていた。
木の寿命が尽きたので、入れ替えたのだ。

通常ならば、また同種の柳を植えさせるところだが、庭師の意見を聞き入れて、紅葉にした。

その紅葉は今、紅い葉をつけ、見事に庭と調和している。


『・・・いや・・全く変わらぬというわけではないか・・・。』


白哉はこれからも、持続の守護者の座を降りるつもりは無い。


だが、持続と言われる範囲にも、幅があってもよいはずだ。
そう思えるようになって、何故か肩の荷が軽くなった気がする・・。


『・・・・黒崎一護・・・。
お前は、お前が護りたいと思う者の守護者であり続けるであろう・・。


だが・・私は持続の守護者であり続ける。
お前がお前の道を突き進むがごとく・・私は私の道を歩み続ける。

私の進む道に、再度お前が立ちはだかると言うのなら・・また私はお前に剣を向けるであろう。


それが私の責務だからだ。


だが願わくば・・・・


・・・その時が来ぬことを・・・。』


外で一人になる時間は、己を見つめなおすよい機会だ。
己と言う存在を客観的に見ることが出来る。

「・・・寒くなったものだ・・。」
冬の冷気が肌を刺す。
襟巻きを立てて首元を覆う。


歩む白哉の後ろには、翻った襟巻きの裾と・・長めの黒髪・・そして白い息が静かに続いていた・・。





なんちゃって。

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